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小学生の頃、二つ下の妹は誰より玩具をたくさん持っていた。唯一の女の孫だからと、祖父母が可愛がった結果だ。
最初に生まれた孫もそれなりに。
その後に生まれた孫はまあまあ平等に扱われたらしい。
全員がそうだったら俺も嫉妬しなかった。だけど、たった二つしか違わない妹だけにプレゼントが届く。あからさまな違いに俺は拗ねた。
ていうか、小学生だったらムカつくはずだ。
だから妹の玩具で遊んでやった。バレて妹には泣かれるし親には怒られたけど、俺のイタズラは「あるある」で済まされる程度だったと思う。よくあるイタズラだと――。
何故かその時のことを俺は思い出していた。
俺より数倍大きなダンゴムシを前にして。
* * *
ある日、俺は異世界転移した。
大学に入ってサークル仲間と旅行に出かけた先で「異世界転移」事故に遭った。近くには修学旅行中の高校生がいた。彼等が本命だったのか分からないけれど、サークル仲間も含めて転移となった。
流行りのアニメを嗜む程度だった俺は、サークル仲間や一部の高校生が「やったー」と喜ぶ意味が分からなかった。分からなかったけれど、皆が「ステータスオープン」だとか「鑑定!」と叫ぶので一緒になってやってみた。
結果、アニメの通り、異世界転移ボーナスが付いていた。スキルと呼ばれる特殊能力だ。
俺にあったのは「特異生物調教」だった。
特異って言葉に一瞬喜んでみたものの、まあそんな上手い話はない。
後に分かったが「特異な生物」とは大型化した虫のことで、そんなのを調教なんてしたくない。しかも、このスキル、全く使えなかった。現地の人に何度ガッカリされたことか。
そう、現地の人が俺たちを引き寄せたらしいのだ。召喚の儀式って奴だな。
現地の人の言うままに世界平和だ浄化がどうたらと、胡散臭い話に乗ったのは、ワクワク顔の一部高校生たち。プラス、サークル仲間の一人。
そいつらはボーナススキルも良かったらしく、あっという間に現地の人とどこかに行った。行動早ぇ。
次に動いたのは「俺は利用されない」系だ。現地の人の話が信じられないと去って行く。颯爽とした逃げっぷりだった。
どっちつかずの人もいた。結局そのうちの一部は強い人についていき、一部は「イケメンハーレム」と叫んで王子様や騎士たちに集まった。
妹が乙女ゲームを少し囓っていて、俺も薄らと知っていたが、どうやらイケメンハーレムものが人気らしい。よく分からんが、女子の一部はイケメンに縋るのを選んだようだ。
どっちつかずの中には静かな喧嘩をするのもいた。「聖女と女騎士がいい」勢と「絶対に騎士と王子」勢だ。待てよ、どっちがどっちだったけ。入り乱れていて俺も会話を覚えられなかった。
とにかくそんな感じで、俺は「そこそこ期待はできる」グループとして現地の人に「スキル上げしましょう!」と連れ出された。
ところが、だ。スキルの練習やら何やら試してみたが、俺は現地の人に「君、使えないね」と追い出された。え、俺、追い出され系……?
その頃には現地での情報もそれなりに手に入っていたから、同じく追い出された数人とで自由に暮らすことにした。
なにしろ、誰も元の世界に戻れるって言ってくれないからさ。
宛のない希望に縋るより、まずは生活基盤を整えなきゃねって話。
大学生だし、どこに就職するかなんて話が出てくる年頃だ。俺たちはしっかり前を見据えていた。
けど、身寄りのない俺たちにできる仕事は限られていて。
仕方ないので魔物討伐隊に加わった。自警団に毛の生えた感じの、住んでる場所を守ろうぜ的な集まりだ。兵士みたいにどこかの国と戦わなくてもいいし、大型の魔物を倒す騎士ほどでもない。
そこそこの給料をもらえて、近場の小さな魔物を狩る。
ようやくまともな暮らしができるようになったねと、一緒に暮らす仲間と笑い合った。
そこで「平和に暮らしましたとさ」になったら俺も良かったんだけど。
人生山あり谷ありですよ。
そう、俺たちが居着いた町に魔物の群れが押し寄せたのだ。
この世界、普通にこういうことある。だから俺たち呼ばれてんだよね。
で、目の前に大きなダンゴムシが現れたわけだ。
そもそも、こっちの魔物って虫系なんだよ。虫博士の友人いわく「地球産とちょっと違う」そうだけど、俺たちは「ちょっとじゃねえだろ!」「デカいじゃないか!」って突っ込んだぐらい。
とにかくデカいもんだから、ビビる。
どうやって体を支えてるのって思うけど、そこはファンタジー、じゃなかった異世界補正だ。どうにかなってるんだろう。
問題は構造じゃなくて、俺たちが食われる側ってことだ。
俺たちより小さいサイズの虫ならまだいいよ。倒せるもん。アリだって大きいって言っても大人の腕サイズだし。
あ、それはそれでキモいけどね。
だけどスキル「殺虫剤」を持ってる友人もいたし。範囲が狭いのと、人間もそれなりに「うわー、目がぁぁ」ってなるから、俺らと一緒に追い出されたわけだけど。
とにかく小さめの魔物ならなんとかなった。
だけど俺たちより大きい魔物はどうにもならない。
で、大きい魔物=特異なら、俺のスキル「特異生物調教」が使える思うじゃん? 使えなかったんだよなー。使えないから追い出されたわけで。
だから大きな魔物を倒すなんて無理だと思ってた。
ところが――。
町に押し寄せた魔物の中にダンゴムシがいた。人間よりも数倍大きいダンゴムシだ。そいつが真っ先に俺のところに来た。
もうダメって立ち竦んで走馬灯に出てきた妹の玩具思い出して、それで作ったダンゴムシの炒め物を爺ちゃんが可愛がっていた猫に食べさせようとして怒られた、ってところで俺は声を上げた。
「あの時はごめん! もう炒めないから!」
(痛めていいよ!)
は?
ダンゴムシは俺の前で止まったままだ。それを避けるように魔物の群れが町へ入っていく。なんかどっかで見た景色だぞと心の片隅で俺が言う。
「誰か、何か言った?」
(ぼくだよ!)
ピコピコ。
触覚動くんかい。
「……喋ったの、お前?」
(ぼく!)
「え、なに、どういうこと。俺のスキルが火を噴いたの?」
(火は噴かないよ! 痛めて!)
「……」
あ、はい。俺もそれなりにアニメを見てきましたし。流行りどころは抑えてる。
仲間との会話に困らない程度に漫画も読んでますよ。
「……お前、マゾだな!? キワモノキャラか!!」
(分かんない! 痛めて!)
これが、俺のスキル「特異生物調教」が本領を発揮した記念の日である。
発動条件は「俺がイタズラしたことのある虫」に似た魔物と出会う、だ。
ビシビシ叩くとそれが調教になり、使役が可能となる。
この時出会ったダンゴムシのダンちゃんも、俺の乗り物となって働き続けた。
ビックリすると丸まってしまうけど、慣れたらまあそこそこ可愛い子だった。ただ、俺が鞭打って走らせるため、現地の人に奇異の目で見られるのが困るだけかな。
さて、スキルが発動したことによって発動条件も分かった。
調教できるのはあとどれぐらいか。
俺は小学生の頃にやらかしたあれこれを思い出し、供養の意味も込めて調教の旅に出た。
* * *
今、俺は妹や祖父母に感謝している。
復刻版、女児向け玩具「パンケーキを作ろっ♪」を作った会社にも感謝しかない。
あれがなければ、俺はダンゴムシを炒めようとは思わなかったからだ。
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