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鬼頭が声にならない悲鳴を上げる。今度こそ何をしたのか、全く見えなかった。
「肩を外したぐらいで、泣くんじゃない。みっともない。芋虫みたいに、地面這いつくばるのがお似合いよ。」
「お、お前やりやがったな!」
「このアマ!痛い目見してやる!!」
私を押さえ付けていた男達が離れ、女子に殴りかかっていく。
私はそれを、ただ立ち尽くして見ていた。この女子なら大丈夫。
いや、この女性なら勝つ。
私はこの人を、知っている。
『私空手をマスターしたら、他の武術も習いたいの!この人みたいに!』
はじめて見た、総合格闘技の試合。
容赦ない荒々しい打撃と、軽やかで美しい動き。冷たい無表情の中にある、獰猛な獣のようなギラギラした目。そこだけは炎のように、熱く勝利を見据えていた。
女性なのに男相手にも挑み、無傷で勝ち登っていった姿に、幼い私は心を打たれた。
この人みたいになりたい。
強く美しい女性になりたかったから、空手を習い始めた。小汚い男から身を守る道具ではなく、自分の憧れた人のようになりたかったのだ。
格闘家として『無敗の女』『氷の女帝』の異名を持つ人。
氷室紗知。
中継や動画サイトで見たように、素早い動きで避けては、簡単に投げ飛ばす。一般人への配慮だろう。彼女の得意技である、蹴り技が1つも出ていない事がその証拠だ。ジム経営者で格闘家が、素人に怪我をさせては大事になる。
手加減をしつつも、簡単に3人を倒してしまった。
そして、鬼頭の元へと戻り、膝を首に押し当てて、こう問いかけた。
「ね、何本なら、いける?」
言われた言葉の、意味がわからない鬼頭。
あ、この台詞知っているわ。氷室さんがリング上で、相手を倒した後に言うのだ。
「骨よ、骨。何本まで折って償えんのかって聞いてんのよ。か弱い女襲っといて、投げ飛ばされただけで済むと思ってるの?誠意を示すなら、1人5本は、いっておきましょうか。」
可愛い見た目の割に、制裁の仕方がヤクザみたいで怖い。それより、普通に一般人に手を出すのね。氷室さんが一般人に暴力行為をした話なんて、ニュースにも噂にもなった事はなかった。何か揉み消せるだけの権力でも、バックについているのだろうか。
そう考えていると、氷室さんの背後に人影があった。
鬼頭達より大柄で、黒スーツと赤いシャツを着こなした男。鋭い目つきに、殺意が籠もっている。間違いない、ヤクザだ。
この辺りに、屈強な男達を従えた、黒いスーツを着た茶髪のヤクザがいると噂があった。
氷室さんは気づいていない。
男は今にも氷室さんを掴もうと、腕を伸ばしている。
だから、咄嗟に体が動いてしまった。
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