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『母さん。今日、クラスの女子に告られた。まぁ、断ったんだけど。』
『だって性格悪そうだったし。まだよく知らない同士だったから。』
『でも…はじめてだった。俺の、この父さん似の見た目や、運動出来る事じゃなくてさ…。』
『ちゃんと俺の中身を、頑張る姿が好きだって言ってくれた女子は。』
『だけど、自分を好いてくれたからって、そんな相手の好意につけこむみたいな理由で、オッケーしたら悪いし…。』
『でも、俺もあいつの空手やっていた時の、試合中の姿……強いし、綺麗だとは思ったから。』
『口悪いし、素行もよくないのは、俺だって人の事言えないし…。』
『もっと仲良くなるきっかけ、欲しいんだけど…。』
昨日の夜、ぽつりぽつりと、長男が話した事を思い出した。最後の方は、蚊の鳴くような小さな声だったが、普段から素直じゃない彼にしてはよく言った方である。
ジムでの軽い運動を終えて、プロテインの入ったシェイカーに口をつける。
「いくらなんでも、月謝3分の1までするか。お人好しにも程があるぞ。」
紗知の背後には、彼の夫である晃の姿があった。昨日と違い、スポーツウェアを着ている。仕事が平日休みの日には、妻の仕事場に来る事が日課だった。
「は?誰にでも、優しくしてやる程甘ちゃんじゃないわよ。それに入るからには、たっぷりしごくつもりだから。」
「おー、怖いな。じゃあ、本当にあのお嬢さんは、才能があったのか。腹パン痛かったしな。」
「悪くはないってところかしら。でもそれより私には、大事な事があったのよ。」
自分と身長差のある夫を見つめる。夫の姿と、息子の姿が重なったのは、見た目だけのせいではないだろう。晃も今と違い、もっと素直になれなかったし、恋愛下手だったのだ。それもあってか2人は破局したが、数年経って奇跡的な再会と復縁を果たし、結婚した。
自分達のような特殊な例等、滅多に無いだろう。想いがすれ違い続け、再会するまでの数年、苦しんだ親からすれば、同じような辛い恋愛はして欲しくない。
「息子の恋だもの、応援したいじゃない。」
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