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俺はもう一度スマホを構え、いつでも通報できるように通話ボタンに指を添えた。今にも通報されそうな彼女は、そんな俺の様子にも構わず話し続ける。
「妖怪はね、人から忘れられると消えてしまうの。だから、生まれたときから存在を確約されている“命”に焦がれている」
距離をとっていたはずなのに、女はいつの間にか俺の目と鼻の先にまでに迫ってきていて俺は反射的に仰け反った。
彼女の細指が俺の頬を優しく撫でる。
「あなたの生命力、そして魂の輝きは極上なのよ。だから妖怪たちはそれを自分のものにしたいと思う」
優しい手つきなのに悪寒がするのはなぜだろうか。触られたところからゾワゾワと肌が粟立っていくのを感じる。
押さえつけられている訳ではないのに、逃げ出せない。彼女の真っ黒な瞳に見入られると、俺は空気に縫い留めてしまったかのように、固まって、動けなくなる。
「あなたは思い出してしまったわ。妖怪という存在を。だからもう隠しきれないの。これから先、あなたはあの子たちのような存在に追われることになるでしょね」
「そんな……」
絶望的な宣言に血の気が引く。
昨日だってひとりじゃどうにもならなかったのに。またあんなのに襲われてみろ。生きて帰ってこれる気がまるでしない。
「ああ、そうだ。私の名前を教えておかなくちゃね」
俺にとっての死刑宣告を、彼女はただの世間話かのように切り上げた。大事なことを忘れていた、こちらの方が重要だ、とでも言うようにウンウン、と頷く。
「社冥子。冥子でいいわ」
そう言って彼女は昨夜と変わらぬ美しい顔で笑った。
クソッ……かわいい。この女、顔だけはかわいいんだ本当に。
俺はこれ以上惑わされないよう慌てて目を逸らした。冥子はそんな俺の浅ましさを見透かすようにクスクスと笑う。
「大丈夫。私はいつでもあなたを見ているわ。石居珠緒くん」
や……やっぱストーカーじゃねーかお前!!
堂々たる監視宣言に加えて教えてもいないのにフルネームを呼ばれ、心の叫びが舌の先まで飛び出しかけていたが堪える。悔しいが、冥子の言葉にホッとしている自分もいた。
妖怪ではないとは言っていたが、普通の人間でもなさそうな彼女が、一体何者なのかは分からない。だけど、なぜだろう。冥子が側にいてくれるなら、安心だと思える。きっとこの先なにが襲ってきたとしても、冥子は俺を助けてくれるだろう。そう、昨夜のように。
あの時のように。
なにかを思い出しかけたが、それはすぐに記憶の底へと沈んでいってしまった。俺の目の前にはきれいに微笑む冥子の顔。全てコイツの思惑通りになっているようでちょっと癪だが、今はコイツを頼るしかない。
俺が小さく呟いた「よろしく」に、冥子は満面の笑みで応えたのだった。
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