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暗い気分のまま自分の机に向かうと既にヒューゲルが来ていた。今日の天気に合う明るい顔をしている。考えてみるとヒューゲルは60年代の生まれだからリーデンシュタイン侯爵殺害事件については何も知らないのだ。急に「若い」こと、「知らない」ことが羨ましくなった。
「おはようございます警部」と言う声も明るい。
「おはようヒューゲル。今日は何か通報は?」
「今朝は何もないですよ。シーメリングで労働者同士の小競り合いと酔っ払い同士の喧嘩で1人ドナウ川に落ちましたが無事救出されただけです」
「そうか、それは結構なことだ」
「あの、それでお聞きしたいことがあるのですが、警部はあのリーデンシュタイン侯爵事件の捜査に参加されていたというのは本当ですか?」
ヘルツは呻き声をあげそうになったのを慌てて堪える。「どうしてそれを知っているんだ」
「今日の新聞で元侯爵家の嫡男だったエマヌエル様が死んだと報道されていたし、警視庁内でもその話題ばかりでしたよ」
「そうか……確かに警視庁でも数少ない不祥事だったからな。侯爵とそのご家族が殺されたと言うのに容疑者1人挙げることも出来なかった」
ヒューゲルは目を見張った。「そうなんですか? てっきり……」
「勿論、使用人から貴族まで全員洗ったが皆、不在証明が成り立ったんだ。……興味があるようならこの後何の通報も無かったら夜、カフェで詳しい話を聞かせてやろう」
そう言うとヒューゲルの若い顔がぱあっ、と輝いた。
その日1日大きな犯罪はなく、束の間の平和を享受したヘルツとヒューゲルは夕方になると早々に退庁し、今度はツェントラルに入った。今日もボヘミアンな文士たちがペンを走らせている、まるで居間のように寛いでいる。ヘルツはツェントラルには偶にしか来ないので給仕に2人分のポーションカフェーを注文した。
「まず当時のリーデンシュタイン侯爵家は4人。アルベルト・フォン・リーデンシュタイン侯爵、当時74歳、侯爵夫人のエミーリア様、当時43歳。娘のゾフィー様、当時19歳。そして嫡男のエマヌエル様は当時10歳。彼らは侯爵家最後の人たちで、侯爵は血をつなげることに躍起になられていた」
「だから夫妻は随分歳の差が開いていたんですね」とヒューゲルが口を開いた。
「侯爵は再婚だったんだ。エミーリア様の家は大変裕福なイタリアの銀行家で侯爵の強い求婚に押される形でお輿入れなさった」
なるほど、とヒューゲルは頷いた。
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