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彼がやってきた
"今日が最後になります"
急だった
進路が決まってここから離れると言った
私たちは親しい仲だと思っていたが
その話はなにも知らなかった
言って欲しかったなんて
思うのは変だろうか?
"言ってなくてごめんね"
"うん…さみしくなるなあ"
"ナポリタン食べにきたんだ"
最後に、と付け加えた声は弱々しかった
"とびっきり美味しいのですね?"
私はいつも以上に元気な声で言った
"お願いします"
彼は静かにナポリタンを食べた
目はうるうると涙がたまっていた
"はじめてきたとき"
彼は急に話しかけてきた
"あのドアを開けて君の姿がみえたんだ。
ご老人の夫婦をみつめていて、
その眼差しがあったかくて、
ひまわりみたいだと思ったんだ"
"ひまわり?"
"ひまわり畑を思い出したんだよ
なんでだろうなあ"
彼は残りの水を飲み切った
同じこと思っていたなんて
いまの私には充分に感じた
じゃあ、と立ち上がった彼に
"また帰ってきたら、ここで待ち合わせ"
"え?"
と驚いていたが、私は
"ここで待ち合わせ。
いつ来るかわからないし
私もここを離れるかもしれない。
でもまたここで会えるのを
楽しみにしているから"
そう言った
彼はまたあの顔で笑って
"待ち合わせだね、ありがとう"
と言ってお店を後にした
からんからん
とても切ない音に聞こえた
あれから食べられなかった
ナポリタンは彼を連想させたから
…
田舎に帰ってきていた
自然豊かだが退屈そうな娘
喫茶店に行きたいとねだった
昔話をしたせいで余計に
メロンソーダが飲みたいらしい
じゃあお昼にしよう、とやってきた
からんからん
昔のままだった
マスターは変わっていたが
私の知っているままだった
"ナポリタンとメロンソーダを"
若い女の子が働いていた
わたしに似ている気がした
彼女にはひまわりの彼がいるだろうか?
"僕もナポリタン"
近くの人のオーダーが聞こえた
どんなひとかと振り向くと
"久しぶり"
ひまわりみたいに笑う彼がそこにいた
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