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その肉体を捧げよ
「ねぇ、覚えてる?」
目の前にはステーキにスープにサラダ。付き合って五年となる彼女の言葉を夕飯を目前にして男は首を傾げた。
「何を?」
女はにこりと微笑みテーブルに付き肘をしてその手に頬を乗せた。
「食べながら聞いてね。大した話じゃないから」
男は言われるままに目の前のステーキにナイフを入れる。
「食べる前は、いただきますって言うって言ったよね?」
「だって食べていいって言ったじゃないか?」
男は悪びれもせずに肉の塊をフォークに刺し、口へと運ぶ。
「先週の金曜日はどこにいたの? 金曜日の夜は一緒に過ごす約束だよね?」
「急な用事が入ったんだよ。お前のことは大事にしているだろ?」
女は微笑みを崩さずに男の様子を伺う。
「浮気しないって言ったよね? これで何度目?」
「そんなの男の甲斐性だろう? お前だって、モテる男が彼氏なら鼻が高いだろ?」
「そうね。でもね、鼻につくのよね。私を一番だと言いながらコソコソされるのは。まぁ別れる気はないけどね」
「ならいいじゃないか」
男は言い捨てて料理を次々と口に運ぶ。
「うふふ。でも罰は受けてもらうから。今日の手料理は全部毒入りだから」
「何だと!?」
男は即座に立ち上がり、トイレへと走り、腹の中に収まったものを吐き出そうとした。五年付き合って分かった女の事実。嘘はつかない。
無理矢理に便器へと嘔吐する男の背中を見ながら、女は優しく語りかけた。
「嘘よ。でもね、今度、約束破ったら本当に殺してあげるから」
男は崩れ落ち、女の方へと向きを直して叫んだ。
「ふざけるな! そんなことをしたら、お前も罰を受けるんだぞ!?」
「だから? 私にはあなたしかいないの。あなたが私の側を離れるというなら、あなたをただのお肉にするわ。それで捕まっても死刑になっても後悔する訳ないじゃない? 何だったら、お肉になったあなたをお腹に収めてあげようか?」
男がこの女と五年付き合って分かったこと。この女は嘘をつかない。
「そういう訳なんで、これからもよろしくね。約束をちゃんと覚えていて守ってくれたら、お肉にはしないから。約束よ」
女の微笑みはやけに蠱惑的だった。
了
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