藤崎霊能事務所

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藤崎霊能事務所

 藤崎の事務所は街の外れの大分古い四階建てのビル、三階の一室にあった。繁盛していると言っていた割には随分と寂しいところにあるものだと思った。駅からも近くないし、入り組んだ住宅街を抜けてようやくそのビルにたどり着いた。事務所のある部屋には「藤崎霊能事務所」と銀色のプレートが貼り付けてある。ドアをノックすると、すぐに藤崎が扉を開けたが、このとき強烈な線香の匂いが彼の鼻をついた。 「やあ、おはよう。入ってくれ。」 「なんだよ。随分薄暗いんだな。いつもこうしてるのか?」 部屋の中は異様という他なかった。壁には大量のお札が貼り付けてあり、戸棚には日本人形、フランス人形、こけしのようなものが数十体並べられていた。またそこらじゅうに並べられている段ボールの箱には同じく人形、お札、数珠、得体の知れない壺などが敷き詰められていた。唯一外からの光を通してくれる窓ガラスに段ボールが貼り付けられているせいで部屋全体が暗い。藤崎のデスクの上に置かれている蝋燭風のライトだけが弱々しい光を放っている。 「なんだか気持ち悪いな。こうでなくちゃいけないのか。」 「そうだな。大抵は電話やネットの方から依頼が来るんだが時々直接この事務所にやってくる連中もいる。だからいつ誰が来ても問題ないように雰囲気だけでもつくっておくんだ。」 「この線香の匂いもそういうわけか。俺はあんまり好きじゃないんだよな、この匂い。」 「まあそう言うな。すぐに慣れるさ。目も鼻もな。それより早速今日から仕事をしてもらわなくちゃいけない。」 藤崎はそう言うと、デスクの引き出しをゴソゴソとやりだして、書類の入った透明のファイルを引き出した。 「最初だから急に難しい案件を任そうっていうわけじゃないさ。安心してくれ。訪問除霊の依頼だ。お前にはこれからこの家に行ってもらって、軽く除霊をしてきてもらう。」 藤崎はそう言って、地図、住所が書き留められた紙、依頼の内容や依頼者の詳細が書かれた数枚の書類を神野に手渡した。 「除霊たって、何をやったらいいんだ?」 「除霊のやり方なんて決まっちゃいないさ。だからある程度は臨機応変にやってもらう必要がある。結局は依頼者が納得するものを提供するのが俺たちの仕事だ。だけど、さっきも言った通り今回の案件は決して難しいもんじゃないんだ。なんてたって今回の相手は子供だからな。」 「子供?」 「そうだ。まだ十歳かそこらの女の子さ。勿論、依頼をしてきたのはその子じゃなくて母親だけどな。そっちに詳しく書いてあるが、どうやらこういうことらしい。その女の子には霊感があって、幽霊が見えちまうんだそうだ。今はその子の部屋に同じくらいの年齢の少女の霊が出るらしい。そんで母親としてはとにかくそれが心配だから除霊をしてその霊を成仏させて欲しいということなんだ。さらにできることならもうその子に霊が寄りつかないようにお清めもしてほしいってことらしい。」 神野は近くにあった小さなソファーに座り込んで考えた。一体この依頼のどこが簡単なのだろうか。本当に藤崎の言う通り除霊の真似事だけで問題を解決できるのか、未だに半信半疑だった。 「難しく考える必要はない。子供の問題を相談してくるケースってのは珍しくないのさ。子供ってのは親の気を引くために色々嘘を考えるもんだ。幽霊が見えるなんてのはどんな子供でも言い出しておかしくない。問題はな、中にはこんな子供の作り話を本気にしちまう親ってのがいるんだよ。この親もその一人だがな。そうなると厄介だ。子供の方でも最初は楽しい作り話だったはずが段々自分でも嘘か本当かわからなくなる。そんであんまり大人が自分の話に右往左往するもんだから最後には子供の方でもそれが真実になっちまうのさ。」 「なるほどねえ。」 「だが結局のところやり方は同じさ。むしろ相手が子供なだけ単純でやりやすいくらいだ。」 藤崎はそう言って、ペンを取り出すと神野が目を落としていた書類の依頼内容の一文に赤い線を引いた。そこには「部屋にいるのは娘と同じくらいの年齢の少女で、黒髪のショートヘア、黒い服を着ていて、おしゃべりするのがが好きらしい。」とあった。 「これがその女の子が見えるっていう幽霊の特徴さ。だからお前はこの特徴をその女の子の前でそのまま言ってやればいい。そうすれば、その子はお前に霊視の力があると思って信頼しちまうだろう。そうなればほとんどこっちのもんさ。あとは適当にお祓いを見せてやって、あの子はもう成仏して天国に行っちゃったよ。お清めもしたからもう幽霊は来ないから、とでも言ってやれば大丈夫だ。ああそうだ、重たくならないくらいに色々持って行ってくれ。」 藤崎はそう言って、あたりにに大量に並べられた物々しいブツを指した。 「俺はいつもお札と数珠は持っていく。一番それっぽいからな。人形も悪くないが、あまりに気味の悪い見た目をしたやつはかえって怖がらせちまうこともあるから注意する必要がある。それに塩だな。」 「ああ、分かったよ」 そう言って神野はカバンの中に除霊グッズを色々と詰め込んだ。そろそろこの事務所のきつすぎる線香の匂いに耐えられなくなってきた頃だった。しかし、こんなものを持っていったところで、どうやって使ったらいいのかもよくわからない。除霊なんてやっているうちにバカらしくなって吹き出してしまったりしまわないものだろうか。 「昼過ぎの約束だろ。そろそろ向かうよ。」 「そうだな。健闘を祈るよ。何かあれば電話してくれ。少しは助けになってやれるかも知れないからな。ああ、それと」 藤崎は今にも扉を開けて出て行こうとしていた上野の腕を掴んで最後に一言付け加えてた。 「相手の母親だけど、随分神経質なタイプだ。ちょっと気をつけてやってくれ。」
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