心理士

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心理士

あれ以来、月子はやはり口をきかないままだった。それどころか相変わらず一切の飲食を行わないままに一週間が経過しようとしていた。当然学校にも行けなくなった。母親は流石にどうしようもなくなり、あまりオカルト的でない専門家に助けを求めざるを得なくなった。 「本当に全く話をしてくれませんね。」 家に呼びつけたその心理士は十分近く月子に呼びかけを続けたが、結局一切の反応がないためにお手上げというほかなく、母親と一緒にリビングの方へ退散してきた。 「もう、一週間なんですよ。一体これがいつまで続くんでしょうか?」 「なんとも言えませんね。子供が話さなくなるということ自体は珍しくありませんが、月子ちゃんの場合は殆ど外部の刺激に反応しないですし、瞬きもなかなかありません。大きな病院に連れて行かないことにはどうしようもないでしょう。」 「ああ、病院って、精神科に連れていけとおっしゃるんですか。」 「お気持ちはわからないでもありません。しかし精神科と言ってもそんなに恐れる必要はありませんよ。今時精神科に行ったからといって、偏見を持たれたりすることも少ないですから。それに私はカウンセラーですから病名を診断したり治療をすることはできないんです。月子ちゃんがあの様子だと私にできることは殆どありません。」 それを聞いて母親は頭を抱えてしまった。彼女が月子を病院に連れて行きたがらないのは精神科を嫌っているという以上に、霊が自分たちにつきまとっているせいで問題が起こるのだという考えで凝り固まっていたせいで、それが覆されてしまうことに対しても無意識の恐れを感じていたのだ。もしそうなれば、月子を傷つけていたのは彼女自身でもある。 「そうですね。いずれは連れていかなければならないと思っていましたから。それに月子はもう一週間も何も食べたり飲んだりしていないんです。このままではきっと餓死してしまいます。」 「なんですって?一週間ですか。しかしまあ、それはないでしょう。もしそうならもっと衰弱しているはずです。月子ちゃんは見たところ何に対してもほとんど無反応ということ以外は全く健康的ですからね。顔色もいいですし、特に痩せているようにも見えませんでした。おそらく、お母様が見ている時に何も食べていないだけで夜中に冷蔵庫のものを食べたりしているのでしょう。」 「そうでしょうか…。まあ、そうかもしれません。」 「それと、お話しされていた、霊能力者の話ですがもうそういった人たちを月子ちゃんに会わせることは避けた方がいいでしょう。こんなふうに急に言葉話せなくなってしまったとすれば、それはなんらかの心理的なトラウマが原因となっている可能性があります。例の除霊というのは、お母様も立ち会われたのですか?」 彼女はいいえ、と答えた。そして、あの日初めて会ったような人間を娘と二人きりにしてしまった愚かしさを心底恥じた。 「では一体どんなことが行われたのかわからないのですね。時期的に考えて、その除霊とやらのせいで月子ちゃんがなんらかのトラウマを抱えてしまった可能性はあるでしょう。」 「もうあんな連中を月子に会わせたりすることはありません。もううんざりですよ。霊能力者なんていう連中は役に立たないうえにお金ばかりたくさん持っていくんですから…。」 「確かに、悪霊にでも取り憑かれたとしか思えない症状を見せる患者というのはいるんですよ。私が直接そういう例を見たわけではありませんがね。昔の日本ではそういった症例は狐つきになったとでも考えられたでしょう、西洋なら悪魔つきでしょうか。霊能力者の類が除霊をやって効果を発揮した例もないわけではないでしょう。しかし、少なくとも現代の医学では悪霊や狐に取り憑かれたとは考えません。それはもっと科学的に説明できることなのです。除霊やエクソシズムではかえって症状を悪化させかねないでしょう。」 心理士は母親に月子を近いうちに病院に連れていくことだけ約束させて家を後にした。彼女はもう月子が悪霊に取り憑かれているという考えは捨てようと思った。そして娘を救ってくれるならそれがなんであれ助けを求めようと思った。
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