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除霊
部屋の中の月子は眠ってはいなかった。彼女はベッドの上に座っていて、部屋に入ってきた神野に目をやった。ずっと起きていたとしたら先ほどの会話も聞いていたのではないだろうか。そう思ったが、平静を装って、なんでもない風に、こう聞いた。
「やあ、久しぶり。元気かな。」
月子は何も言わないで、ただ薄い笑みを浮かべていた。それが母親の言う通り、月子ではない、別の何かなのか、そうでないのか、判断がつかなかった。後ろを振り返ると、母親は部屋の入り口の前でたちすくんで、顔を伏せていた。彼女にはそれが月子ではないとわかるようだった。
「お久しぶりね。お話ししに来たの。こっちへ来たらいいわ。」
月子が声を出したので、少し驚いて振り返った。これがあの月子だろうか。声は無機質で、表情は張り付けられた面のように変わらない。違う、と思った。
「そう。話をしに来たんだ。聞きたいこともある。」
彼女の前に跪いて、続けた。
「君は月子ちゃんかな?」
「違うわ。月子じゃない。」
彼女はあまりにもはっきりとそう答えた。
「そうかい。じゃあ君は誰かな。」
「教えない。でも、あなたが知っている人かもね。」
「知っている人?一体誰だよ。」
「それは教えられないわ。ヒントはそれだけよ。」
「そう、それじゃあ、さっき電話をかけてきたのは君かな。」
「違うわ。それは月子だと思う。」
「そう、そうかい。わかった。悪いんだけど、僕らは月子ちゃんに会いたいんだよ。少しでいいからお話をさせてくれないかい。」
「それは難しいわね。」
「どうして?」
彼女は肩をすくめて見せた。扉の方へ目をやると母親は声も出さずに泣いていた。この少女は月子の姿をしているのに月子ではない誰かで、おまけに月子を出す気はないと言っているのだ。
「なあ、少し前に君を怒らせるようなことが何か起こったんじゃないか?」
彼はそう言って、カバンから例の日本人形を取り出した。彼女はそれを見た途端、表情を強張らせた。
「この人形に見覚えはないかな。」
「あるわ。気持ち悪い人形。それは捨てたの。」
「なあ、君を怒らせるつもりはなかったんだ。ただ、誤解があったんだよ。僕は君の気持ちを考えずにこの人形を月子ちゃんに贈って、君達の仲を引き裂こうとしたね。悪かったよ。」
「別にそんなんじゃないわ。」
彼女はそっぽを向いてそう言った。
「なあ、僕は謝ったぞ。だから君も素直になってくれよ。月子に体を返してやってくれないか。」
「だからそれは難しいわ。それに月子だってこの中にいるのよ。」
「今は君が出てきてるじゃないか。」
「今はね。飽きたらまた考えるわ。」
「じゃあ、一体いつ飽きるって言うんだ。」
「さあね。明日かもしれないし、明後日かもしれないし、ずーっと先かも。」
どうやら、どうしても月子の体を返すつもりはないらしかった。彼はため息をついて、こう言った。
「そうかい。それじゃあ仕方ないな。君は明日病院に連れて行かれると知っているのか。」
「それがなんだっていうの。」
彼は少女の目を奥にいる何かを睨みつけるようにして、言った。
「いや、とっても重要なことだ。月子は病院で脳の検査を受けることになる。ところが君は月子じゃない。それはすぐにわかることだ。全く別人が月子に成り代わってしまっているなんてことがわかったら、当然ただではすまない。そんなおかしな人間を自由にしておくわけにはいかないからね。君は精神病院で拘束されて死ぬまで拷問のような治療を受けることになる。」
「何よ、それ。そうやって私を脅そうっての。」
「本当のことだ。今はその体を使えてさぞ楽しいだろう。だけど、すぐ廃人のようになる。身動きだって取れない。体があることを後悔するようになるんだ。」
「そんなことはありえないわ!お母さんがそんなこと許すはずない!」
彼女はそれまでとうって変わってひどく動揺した。彼はすかさず続けた。
「君のお母さんじゃないだろう。それに、月子ちゃんのお母さんんはね、月子ちゃんが大切なんであって君が大事なわけじゃない。君がその体にとどまり続けるなら君を助けたりしないさ。」
「嘘だ!嘘だ!私は騙されないわ‼︎」
彼は月子の体を激しく揺すって言った。
「さあ!それが嫌ならさっさと出ていけ!お前は自分だけじゃなく、月子まで殺すことになるぞ!」
彼女の顔は強い怒りの表情に変化した。
「嘘だ!黙れ!」
そう叫んだかと思うと、少女は彼に飛びかかり、首に手をかけて締め付け始めた。それはあまりにも突然に起こったために、彼はその勢いで後ろに倒れ込んでしまい、彼女が覆い被さる形になった。
「月子!」
母親がそう叫んで、月子を引き剥がそうとしたが、全く離れようとしない。子供の力とは思えなかった。彼は必死に彼女の手を引き剥がそうとするが、それに反して彼女の手は万力のようにさらに強い力で彼の首を圧迫した。もう起き上がって彼女を振りほどく力もなかった。彼はその間ずっと彼女の眼を見つめていた。薄く途切れていく意識が、その目の中に吸い込まれていくような感を覚えた。
「月子!月子!」
意識の端で、母親がそう叫んでいるのが聞こえた。
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