二ノ宮さん

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やわらかな彼女の声に魅かれている。 素敵な声だと言いたいのに、はっきりとそう言うのはためらわれる。 夜のビルを眺めていて、なんとなく 「二ノ宮さんの声、眠気を誘導しますね」 と言った。 自分で言っておいて、口に出してから、彼女の落ち着いた声は、寝ながら聞くのにぴったりだと思った。 そんなことを急に言われて驚いたような彼女に、 「良い声ですよ。いつもそう思う」 と付け足した。 「いつも」なんて、自分の本心の端っこが、はみ出てしまった気がする。 「アナウンサーっていうか、朗読のお姉さんのようですよ」 いつも、なんて言ったのを、訂正するつもりで付け足した。 さわやかなアナウンサーというより、やさしい朗読のお姉さん。 これくらいなら、まともな範囲内だろうか。 「はは。そうですか? 今度、寝れるように、朗読しましょうか」 彼女の提案に、びっくりした。 二ノ宮さんは、俺が眠れないでいるから、朗読で寝かしつけてくれようと思ったらしい。 確かに、優しい声だから、眠れるのかもしれないし、逆に声を聴いていたら、眠れないかもしれない。 驚きながらも何を読んでくれるのか、聞いてみたら、『エルマーの冒険』だという。 小学校の図書館を思い出すような本だ。 懐かしい。 二ノ宮さんの子供のお話を読む声が聴いてみたくて、楽しみだ、と伝えて電話を切った。 彼女は本当に子供の本を俺に読んで聞かせてくれるつもりでいるのか。 自分でもなんでこういう話になったのか、よくわかっていない。 踏み込みすぎたのかもしれない、と思う。 だけど、別に手を出したわけでも、そういう事を言ったわけでもない。 ただの読み聞かせ。 しかも児童書だ。 エルマーだ。 安全以外の何物でもない。
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