杏ちゃん

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 3月末に社内異動で、香川さんが営業へ異動するということで、送別会があった。 営業は同じフロアだし、接点も多いのだから、送別会というのは名ばかりで、ただの飲み会だ。 二ノ宮さんに声をかけると、「サトダさんが行くなら、行きます」と言う。 そんなことは他の女子社員にも言われたことがあるけれど、杏ちゃんに言われると、テンションが上がる。 俺は自分でびっくりするくらい、単純だ。 「ん、俺、行きますから。二ノ宮さんも参加で」 そういうと、楽しそうに、はい、とうなずく。  隣に座っている杏ちゃんは、乾杯のビールを飲んでから、すでに首筋が紅い。 耳まで紅い。 色っぽいから、他のやつが気が付かなければいいと思う。 本人も酔わないように、水とお酒を交互に飲むようにしているみたいだけど、危なっかしい。 吉田が、受付の誰かと連絡先を交換した話をしている。 受付はだいたいきれいな子が多いから、吉田が喜んでいるのも、まぁ分かる。 それで仲良くしたらいい。 それなのに、二ノ宮さんに「彼氏は?」なんて聞くから、焦った。 いないはずだけど。 俺が今、一番近い存在だと思いたい。 何て答えるのだろうと思ったら、二ノ宮さんは「いません」と落ち着いて答えていた。 森本は二ノ宮さんにプライベートの話を振るのは地雷だと思っているから、明らかに凍っている。 彼氏がいるのか、飲み会の席で、同年代の吉田が聞く位ならセクハラにはならないと思うけど、吉田が二ノ宮さんに彼氏がいないと聞いて、浮足だっているのがムカつく。 「お前、受付の子でいいだろう? 二ノ宮さんにちょっかい出すな」と追い払う。 隣で、少し酔って、にこにこしている二ノ宮さんが可愛い。 思いっきり、この好意を丸出しにして、酔いに任せて口説けたら。 そうできたら、いい。 できないから、彼女の世話を上司として焼いて、誤魔化している。
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