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クスクスと笑うと、「もう一つ、しますね」と言う。
「うん」
聞いていると、杏が続けた。
「ある所に女の子がいました。
女の子は一人で、おままごとをするのが大好き。
ある日一人で遊んでいると、誰かがドアをノックしました。
ドアを開けて、びっくり。そこには大きなトラがいたのです。
こんにちは。トラさん。女の子はトラにいました。
トラは、こんにちは、と、女の子のお家に入ってきます。トラはとても大きくて、女の子の部屋はトラでいっぱいになってしまいます。
女の子はトラさんにお茶を一杯いかがですか? と言いました」
ここまで来て、前に本屋で見たオレンジのトラの絵の絵本が思い浮かんだ。
言葉つなぐように、ゆっくり話しているから、適当に子供のころのうろ覚えをもとに勝手にお話を作っているのかもしれない。
「トラは女の子の出すお茶とケーキを美味しそうに食べました。
にっこり笑うと、ぐるりと部屋を一周して、玄関から出ていきました。女の子はびっくりしたけれど、楽しい気持ちでいっぱいでした。
次の日の午後、トラがまたやって、女の子はお茶とケーキを出しました。」
これは、杏の思い違いか、創作なんだろう。本当の話は、たしかトラは一回しかやってこない。
「次の日も、その次の日も女の子はトラと一緒にお茶とケーキを食べました。」
そこで、杏が止まった。
まるでその先は杏にもわからないというように。
困らせたくないので、「ケーキは、何だったと思う?」と聞いてみる。
ただ杏と話ができたらいいんだから。
「ショートケーキじゃないですかね?」
そう言う杏の声で、ショートケーキとお茶を差し出す杏をなんとなく想像してしまった。
毎日、女の子にケーキを差し出される。
そのケーキを食べずに、女の子をぺろりと食べたら、どうだろう?なんて思ったりするんだろう。
そしたら、女の子がいなくなる。
「トラの苦悩が垣間見れる」
思ったことを口に出して言ってしまった。
「そうですか?」
ゆっくりとした杏の声がする。考えごとをしているみたいだ。
トラはきっと悩んでる。
こうやって、夜中、こっそり杏のお話を聞きに電話する俺みたいに。
手をだしたら、消えてしまうかもしれない。
そう思うと、まだ動きが取れない。
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