二ノ宮さん

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数日後、サトダさんは海外出張から帰って来た。 あの時の電話について、一切触れずに、いつも通りの明るさで、みんなにアメリカのお土産だと言って、大きな甘いクッキーを給湯室に置いていってくれた。 海外出張帰りで、サトダさんの経費の処理や、フォローアップのあれこれで、忙しい一週間が過ぎていった。 あの時の電話、覚えていますか? という事すら聞けない。 なんだか少しいつもと雰囲気の違ったあの電話が、夢だった様な、そんな気すらしてきた。 そして、次週また相変わらずの忙しさで、東京へ出かけて行った。 行きがけに思い出したように、私のデスクの隣に立ち留まった。 「二ノ宮さん、今晩、エルマー読んでくださいよ」 ちょっと抑えた声で、そう言って、私の返事も聞かずに、部長と何か話をすると、替えのスーツの入った大きなバッグを背中に掛けて、そのまま出かけて行ってしまった。 びっくりした。 サトダさんの出ていったドアをしばらく眺めた。 本当に? あの電話での会話を覚えていたのか。
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