悠ちゃん

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私は悠ちゃんの事を人にあまり話さない。 子供の時は正直、不思議な行動ばかりする悠ちゃんのことを知られるのが、ただただ恥ずかしかった。 大人になると、相手の反応を知るのが嫌になった。 親切だけどオーバーな同情も、「困難ゆえ逆に深くなる家族愛」みたいな論も、ひどい拒絶も、すべて面倒くさい。 そして、何より、私が素敵な人だとか、好きだと思っている人の、悠ちゃんへの反応を見るのが、一番、怖い。 高校生の時に初めて付き合った先輩に、兄が障がい者であると話した事がある。 「それで、兄弟仲が良いんだね」 優しくそう言われた。 別に兄弟仲がいいとは思わなかった。お兄ちゃんの事を名前で、悠ちゃんと呼ぶ位で、兄弟仲は普通だと思う。 でも母が忙しい時には、部活を早退して、一人で留守番出来ない悠ちゃんの帰宅に合わせて家に帰ったり、コンビニに行けない悠ちゃんの代わりに悠ちゃんの好きな物をコンビニで買って帰ったりする。 兄を優先したり、世話を焼くのは、子供の頃から仕方の無いことで、特段、悠ちゃんと仲が良いわけでもない。 この人には伝わらない。 そう思った瞬間、私の恋は消えてしまった。 今になって思うと、私は、伝える努力もしなかったんだから、あの時の私の恋はそんなものだったんだと思う。 それでもその時はすごく哀しかった。 だから、私の兄が障がい者だと知っているのは、数少ない親友と、小さい頃からの地元の知り合い位だと思う。 大学時代にお付き合いした人にもちゃんとは話してない。 自分の人生には、あんまりに大きなその存在を心の箱に入れてしまっている。 そんなだから、「何を考えているか分からない」とか「本気じゃないんだろう」とか言われてしまった。 でも、それでちょうど良いと思っていた。 深くお付き合いして、将来どうこうしたいとも思わないから。
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