杏ちゃん

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 10時半に電話が鳴る。 「こんばんは」 6時間前に会社の電話で、業務連絡した時とは少しだけ、サトダさんの声色が違う。 もう飲んだ後なのかもしれない。 今日は海外支社の偉い人が日本に来ている相手をしていたはずだ。会食で1時、2時と夜中まで引っ張り出されている時もあるから、早い方だと思う。そういう遅い時には、電話はこない。 「こんばんは。読みますか?」 私が切り出すと珍しく、 「もうすぐカナリア島でちゃうなぁ」 とお話の話を先にした。 「なぁ、今日は、他の話して」 「え? エルマー以外ですか?」 「うん。適当で良いよ。本じゃなくても、覚えているやつで。お話してくれたら、いい」 「そうですか」 実家から持ってきている児童書はエルマーのシリーズだけだ。 私と悠ちゃんが子供の時、たくさん読んだお話で、覚えている昔話を思い出す。 「じゃ、昔話ですよ」 なんだか昔話を思い出しながらするのは、気恥ずかしい。 「ある所に3匹のヤギがいました…… 向こうの牧草はみずみずしく、とても美味しそう…… 橋の下からトロルが出てきて、お前は誰だ?と聞きました……」 橋の下に住むトロルがヤギを食べようとするけれど、ヤギの兄弟に上手く誤魔化されてしまう、という話。 思い出しながら、静かにお話をしていくのだけど、朗読とはやはり、違ってしまう。本の章を読むのより、随分短く省略されてしまった気がする。 「オシマイ」 眠れたかしら?と思ったら、やはりサトダさんは起きていた。 「その話、なんだっけ?」 「え? 橋の下のトロルの話です」 「ヤギの話じゃなくって?」 「さぁ。タイトルは忘れてしまいました」
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