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「すみません、金曜日の最後に」
上原さんは、きれいなスーツ姿で、ゆるりと落ち着いた挨拶をする。
「いえ、業務は大体終わったので、大丈夫です」
促されて、向かいの席に着いた。
「週末前に話しておきたいと思って。ちょっと考えて欲しいことなんですけど」
すこし真剣な話だと思う。なんだろうか。
「この間、二ノ宮さんには、今の業務内容で満足しているかちょっとお聞きしましたよね。それで、順調にやってられるとのことでしたが、社内での部署異動の話がありまして」
「異動ですか?」
事務補佐をやっているので、どこの部署の事務に回されても文句はないけれど、今、会社でサトダさんのそばにいることが私の中ですごく大事だった。
サトダさんは、会社では絶対に個人的な関わりを見せないし、その関わりといっても夜の電話だけなのだけど、ただそばにいる、それが私の喜びだった。
そんな個人的な理由で、異動を断るのは、社会人として許されることではないけれど。
「うん。この間、サトダと専務のお見舞いに行ってもらいましたよね?」
「はい」
「専務の秘書の高杉さん、退職されることになって。ちょっと急なんですけど、おめでたい話らしくって」
この会社の重役には秘書が付いている。
兼任の人もいるけれど、社長、専務には一人ずつついている。
「それで、専務が二ノ宮さんにお願いしたいそうなんです。海外事業部で、サトダについているんだったら、仕事もできるんだろうし、忙しいのサポートするのも慣れているだろうって」
サトダさんは役員並みに忙しい。
多分、それ以上に。
あのお見舞いで、自分がそんな好印象を残したとは思えなかったけれど、気に入ってくれたと言われて悪い気はしない。
「でも、私は、事務経験はありますが、秘書としての資格もありませんし」
と確認する。
「はい。分かってます。営業の事務サポート全般は前の会社でもやっていましたよね?サトダのサポートもうまくやっているし、良いと思うんですけど。専務、秘書の資格のある新しい子を入れるより、会社の中から事業を知っている人をつけたいらしいんだよね」
サトダさんのサポートを離れる。
部署も変わる。
「急な話だから、あれだけど、ちょっと考えてみて下さい。来週にでも、またちょっと話させて下さい」
そう言うと、上原さんは面談を締めた。
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