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「今日も忙しくされてましたね」
二人で食事に来たのに、仕事の話からしか切り出せない。
「んー、定時で上がりたかったから。でも、遅れたな。すみません。営業部のやつが悪い」
と笑った。
食事をしながら、仕事の話や世間話をしたけど、肝心の異動の話題については持ち出せずタイミングを見計らう。
サトダさんに一対一で誘ってもらうことなんかないのだから、今、ちゃんと話をするべきだと分かっている。
箸が止まったタイミングで、今日の話を切り出した。
「今日、上原さんから、私の異動の打診がありました」
「あ、聞いた?」
顔をあげて、ビールに口をつける。
「はい、専務さんの秘書に、ということです」
「ん、専務、良い人だし、変なことはないと思う。良い話だと思うけど」
サトダさんは、秘書という一対一での仕事がら、前職でのセクハラのことを考えてくれていたようだ。
「はい。専務さんは、人柄もいいと聞いていますし、先日も丁寧に挨拶していただきました」
病院では、専務も専務の奥様も人柄は良さそうだった。社長の弟にあたると聞いている。
だけど、サトダさんは、どう思っているのか。
私が離れてもぜんぜん平気そうで、すこし心が重くなる。
「今、俺のサポートやってて、向いていると思うし。うちの課より、秘書業、二ノ宮さんの長所が光る気がするけど」
と、真面目に勧めてくれる。
「そう言ってくださると、うれしいんですけど」
嬉しい反面、なんだ、私と仕事できなくてもいいのかと、そこに引っかかっている。ちゃんと私の仕事を考えてくれているのに、私はとても子供っぽい、個人的な感情に引っ張られている。
「サトダさんは、それでいいんですか」
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