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会計を持ってくれたサトダさんにお礼を言って頭を下げた。
もっと話をしたいこと、聞きたいことはあったのに。
どうしていいかわからないまま、顔を上げた。
「杏ちゃん、もう少し付き合って」
電話の時の様に、直接、下の名前で呼ばれて、ドキッとする。
「まだ、肝心の話をしていない」
サトダさんの低い声が、夜の電話の声をしているようで、心拍数が少し上がる。少しだけ、さらに緊張した。
ちょっとだけ歩いて、飲み屋街の小さなバーに入った。
ボトルがたくさん置いてある、薄暗い落ち着いたお店だった。
「ここ、ハイボールがうまいんだ」
そういいながら、店の奥に進むサトダさんに続く。カウンターじゃなく、奥のアームチェアに座った。
「杏ちゃん、ハイボール飲める?」
「あんまり飲んだことがないんですけど、いただきます」
そう言うと、サトダさんが2つ注文してくれた。
冷たく冷えたグラスに、シュワシュワと泡が上がる。
見た目より大人の味に、すこしためらった。
「大丈夫?」
サトダさんは、スマートだ。
さすが遊んでいると言われるだけあると思う。
私と二人で飲んでいても全然どぎまぎする様子がない。
こんなムードのあるバーでも、落ち着いていて、ずっと、へらっと笑っている。
「大丈夫です」
そう返事して、また一口、口をつけた。
どうせさっきから、あんまり味なんか、もうわからない。
「杏ちゃん、昨日のさ、女の子のお話。箱の話。その女の子の箱、何が入ってるのか聞かせてよ」
少し、首を傾げて、こっちを見ている。優しい目だ。
「お話で言った通り、素敵なものや、ぐちゃぐちゃした悲しいもの、ぜんぶひっくるめて入っているって話ですよ」
「それ、大事なの? 捨てられないくらい?」
「はい。捨てられませんね。……だから、その子は、大きな箱を抱えたまま、一緒に遊んでくれる子を探していたんです」
ウイスキーの香りはいい香りだとおもう。
口をつけたら、私には大人すぎる。
「へぇ。俺?」
サトダさんがグラスを持って、こっちを見ていた。
仕留められる。
急に飛び石を数段飛ばした返事が来た。
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