杏ちゃん

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大人になると、人はそれぞれ、なにか抱えてる。 私だけじゃない。 サトダさんの抱える箱は、空だったというけれど、たぶんそれは空じゃない。 きっと、初恋や、後悔や責任が詰まっていたんだろう。 「結構、色々入ってるじゃないですか。大事だったんでしょう?」 「そうかな」 サトダさんがグラスを見つめたまま答えた。 ぐっと一口ハイボールをのんで、私に向き直る。 「ほら、杏ちゃんの番。なに入ってんの?」 仕事の部署も変わってしまうから、もうこうやって心を開いて、話す機会はないのかもしれない。 そして、お互い、ここまでさらけ出してしまったら、夜中の電話もなくなるかもしれない。 でも、私の質問に全部答えてくれたから、私の番に応えたいと思った。 「私、2歳上の兄がいるんですけど、結構重い障がいがあるんです」 サトダさんがただじっと聞いている。 「子供のころから、ずっと兄中心の生活で、兄は今、施設にいるんですけど」 悠ちゃんは私の人生にずっといる。私は妹だから。人生の一部。 簡単には説明できない。 「悠ちゃんっていって、エルマーが好きなんです」 「あぁ、それで、あの本、持ってたの?」 「ええ。そうです」 サトダさんがしてくれたように、上手に説明したいのに、できない。 「うまく言えませんけど、私の一部ですね。兄を大事に思う気持ちも、疎ましく思う気持ちも。どうしようもないです」 サトダさんの顔を見れずに、手に持ったグラスを見つめて言い切った。 「それが私の箱ですよ。兄自身という事じゃなくって、私の気持ちの問題ですけど」 サトダさんは、そっか、と言って静かにお酒を飲んだ。
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