1752人が本棚に入れています
本棚に追加
/208ページ
大人になると、人はそれぞれ、なにか抱えてる。
私だけじゃない。
サトダさんの抱える箱は、空だったというけれど、たぶんそれは空じゃない。
きっと、初恋や、後悔や責任が詰まっていたんだろう。
「結構、色々入ってるじゃないですか。大事だったんでしょう?」
「そうかな」
サトダさんがグラスを見つめたまま答えた。
ぐっと一口ハイボールをのんで、私に向き直る。
「ほら、杏ちゃんの番。なに入ってんの?」
仕事の部署も変わってしまうから、もうこうやって心を開いて、話す機会はないのかもしれない。
そして、お互い、ここまでさらけ出してしまったら、夜中の電話もなくなるかもしれない。
でも、私の質問に全部答えてくれたから、私の番に応えたいと思った。
「私、2歳上の兄がいるんですけど、結構重い障がいがあるんです」
サトダさんがただじっと聞いている。
「子供のころから、ずっと兄中心の生活で、兄は今、施設にいるんですけど」
悠ちゃんは私の人生にずっといる。私は妹だから。人生の一部。
簡単には説明できない。
「悠ちゃんっていって、エルマーが好きなんです」
「あぁ、それで、あの本、持ってたの?」
「ええ。そうです」
サトダさんがしてくれたように、上手に説明したいのに、できない。
「うまく言えませんけど、私の一部ですね。兄を大事に思う気持ちも、疎ましく思う気持ちも。どうしようもないです」
サトダさんの顔を見れずに、手に持ったグラスを見つめて言い切った。
「それが私の箱ですよ。兄自身という事じゃなくって、私の気持ちの問題ですけど」
サトダさんは、そっか、と言って静かにお酒を飲んだ。
最初のコメントを投稿しよう!