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子どもらしさってなにそれ?必要なこと?
それはあまりに唐突で、だけど必然だったように思う。
「……いたい。いたいいたいいたいよぉ!!」
──もうっ!こんなに痛い思いをするなんて何年ぶり、いやどれほど昔のことだか思い出せないくらい。
「っ。とりあえずハイヒールでもッ」
痛いのは痛い。でも折れてはいないみたいだからまだ大丈夫。
血は流れているけどもう驚かない。
それにしても、自分の血を見ることだってもう久しくなかったっていうのに。
全身を震わせて唱える。
勢い任せに唱えようとした治癒魔法は案の定舌っ足らずになっていたけど、ちゃんと私の体は淡い光に包まれていた。
「よしっ。わたし、ふっかつ!」
──効果音はビシッ!じゃなくてせいぜいピカーッて感じで。
かつて世界最強と言われた記憶を取り戻した私は、今は貫禄も何もない小さな、本当に小さな女の子。
年齢はわずか5歳。名前はメリーティア。
こんな幼い私の人生最大のピンチ、そして奇跡の大逆転劇が今始まろうとしているのである!
「なぁんて。だれも見てなくてよかった。あはは……」
ちょっと調子に乗りました。
いやだって、何だかとても新鮮だったもので。
あの頃は痛いとか苦しいとか全然あり得なかったからというか。私の相手をしてくれるのはあの子だけだったからというか。
とにかくまあ、自分よりも何倍も大きな魔物に襲われてしかも吹っ飛ばされて。なんて体験はきっとメリーティアになっていなければ出来なかっただろうからねっ。
……いや私はマゾなどではない。断じてない。
「えへへ。大人しくまっててくれてありがとう」
こんな幼気な子供を酷い目に遭わせた元凶。いや、ショック療法的にこれはこれで良かったのかもしれないけど。
ともかく5歳女児には過剰戦力にも程があるアイツを今からどうにかしてあげようじゃない。
「んむ。やっぱり体の小ささのとおり全力は出せないけれど、キミ相手にはじゅーぶんだねっ」
私の3倍は軽くあるだろう大きな猛獣、グリズリー。
深き森の番人である奴がどうしてここにいるのか。幼いメリーティアが好奇心の果てに迷子になって、なんてことはあり得る話かもしれないけれど。
グルル……と、唸り声を聞けば幼い子らは泣き出すだろう。いや恐怖のあまり声も出ないかもしれない。
しかし今鳴いているのはグリズリーのほう。メリーティアを前にして本能が悲鳴を上げているのだ。
「れんしゅー相手くらいにはなってちょーだい、ねっ」
数メートルほどの間合いを一息に飛び越える。
このふにふにのお手手に見合う武器はない。まあ小さい体そのものがある意味兵器なんだけれど。
あいっ、と可愛らしい掛け声と共に拳を突き出す。
奴には虫が飛んできたくらいに思えたのかもしれない。
だけど、どんなに身体が大きくったって私の拳を受け止めることなんて出来ないのだ。
「えへへ、じょーできじょーでき」
重さトンもありそうなアイツを吹っ飛ばすことが出来てほっとした。
どれだけ体格差があろうとも、誰にも私を止めることは出来やしないっ。
「……ぇっと。あれれ?」
とはいえね。5歳児の拳一つでグリズリーが簡単にやっつけられるとまでは思ってなくてね。
もうちょっと、この体でどれだけ力が使えるのかしっかりと確かめようと思っていたんだけれど。
反撃が、来ない。
「うそでしょ?」
そこそこに経験を積んだ冒険者がパーティーを組んでようやく倒すような奴。
それが私のパンチ一発でやられてしまうなんて。
「どうしよぅ」
でっかい証を持ち帰るなんて出来ないし、というか必要ないからいいとして。
汚れた服もまあ何とか出来るからいいとして。
──だって、どうしてそんな危ないことしたの!ってものすごく怒られるに決まってるし。
グリズリーくらい素手で倒せますよー、なんて。
百戦錬磨の冒険者が鼻で笑うような武勇伝を言っているなんて。
この幼気な女の子を見て誰が想像出来ようかいや出来やしない。
私の人生は子供の頃から大変なものになるに違いなかった。
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