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「……もしかして、学生証?」
彼に個人情報を知られた原因として考えられるのは、あの日落としてしまった学生証を拾われたとき。すぐに渡してくれたけど、書かれた内容を確認することぐらいならできたはずだ。
でも、学生証に載っているのはせいぜい名前と大学名、あとは入学した年くらいだ。
彼は私の呟きを聞いて嬉しそうに笑った。
「良かった!ちゃんと会った時のことは覚えててくれたんだ。完全に忘れられてたらちょっとショックだったけど安心したよ。あ、あの日は傘ありがとう」
勝手に安心されても困る。まさか私の代わりに大家さんに支払ったあの大金はビニール傘のお礼だとでもいうのか。
眉をひそめて彼を見るも、本人は笑顔のまま何も言わない。それどころか、私の手を引いたまま歩き続ける。
「どこに向かってるんです?」
「さっき言わなかった?お茶でもしようよ。車待たせてあるんだ。あ、タクシーの方が良いかな?どっちにする?」
彼の狙いがわからない。だけど、人間というのは選択肢を出されると思わず選んでしまうものらしい。
「タクシー……で」
「OK」
彼はサッとスマホを取り出し、電話をかけた。彼の呼んだタクシーはすぐに来て、私は促されるがままに乗り込んだ。
タクシーの運転手に行き先を尋ねられ、彼は私もよく知っている駅前の商業施設を指定した。
もし彼が妙な場所に連れていこうとしていたらすぐにタクシーから降りて逃げようと構えていたが、一安心する。彼はそれを見透かしていたかのように「大丈夫」と言って笑いかけてきたので、私はとりあえず座り直した。
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