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「は、はるき……っ♡」 「へへっ♡……えろい?♡」 「え、えろい……ッ♡」 と、明らかに興奮した様子の耕太に、俺は笑った。 耕太に俺が見せたのは、エッチな女の子用のマイクロビキニ。そしてこれは……『雨』用に、買ったヤツ。 『雨』は、俺が想像した以上に反響があった。 いいねがついたり。RTされたり。たまに、リプをもらったり。当然、人気の裏垢なんかとは比べ物にならなかったけど、今までなにもしたことがなかった俺にとって、そういう「誰かからの反応」はものすごい威力があった。周りがさんざん言ってた「承認欲求」ってやつを、身を持って実感した感じだ。みんなこういう気持ちでSNSを使って、自己主張したりしてるんだ、って思った。 それから、1日に1枚は写真を上げた。反応は徐々に増えて、フォロワも徐々に増えていった。毎日数字が回って通知が来るのが楽しくて、少しずつ俺は、『雨』にハマるようになっていった。 「はるきッ♡ぁ、ヤベッ♡女モノの下着、やべ……ッ!♡」 「ぁッ♡こぉたッ♡ふぁッ♡んぁ……ッ!♡♡♡」 なにより『雨』にそこまで反応があったのは、俺が「今のカラダ」だって言うのが大きかった。男の身体に見えるのにどう見ても「ついてない」ってわかる写真が、絶妙にエロく映ったみたいだ。俺はプロフに性別を書いてなかったから、こいつは一体どっちなんだろうってミステリアスに見えたのも、反応に影響してるようだった。それこそ「リアルにカントボーイじゃん」なんてことを、言われてるのも見かけた。 「はぁ♡はぁっ♡はるきー……ッ♡」 「っ、うわッ♡」 エッチが終わって、耕太が倒れ込んでくる。相変わらず耕太は甘えんぼだ。でも、悪い気はしない。『雨』を始めて前より耕太へのモヤモヤも減ってるせいか、耕太とのエッチも余裕があって、きもちがいい。 「はー……♡またエロマンガみたいなハメ方できたぁー……♡」 「はいはい、よしよし」 ごろん、と俺の横へ寝転ぶ耕太のちんこにぶら下がったままのゴムを、俺は引き抜いて結んでやる。今日は気分がいいからサービス。すると俺の動きを、耕太はゆっくりと視線で追ってくる。 「でも晴樹クンが、自分からこんなん用意するなんてなー」 「ひゃっ♡」 やけにしみじみと呟いて耕太は俺の太ももをするりと撫でると、穿いたままのマイクロビキニをぱちんっ♡と弾いてくる。 「ちょっ♡ぱちんってすんなよッ♡」 「へへっ♡いや、俺的には嬉しいぜー?♡晴樹がドスケベになってきたってことだし♡」 「ど、ドスケベって……♡そういうんじゃ、ねーしっ♡」 「いやいや♡こんなん俺のために自分から用意するとか、どう考えてもドスケベじゃん?♡」 「あ……」 うれしそうに笑う耕太に、さぁっと快感が引いて、チクっと胸が痛む。 これは『雨』のために用意したやつで、耕太のために用意したわけじゃない。むしろ俺が自分のためだけに、買ったものだ。それを今日……「ついで」に、使っただけ。だから素直に喜ぶ耕太の姿に、俺は罪悪感を感じてしまった。 「っ──」 まさか、こんな気持ちに、なるなんて。 俺は小さく唇を噛んで、そっと耕太から視線を外す。 「んー?」 そんな俺の反応を耕太も変に感じたのか、くいっと顔をこっちに向けさせられる。 「はるき?どした?」 「あ……っ」 覗き込まれるようにぶつかる耕太の表情は、素直に俺を心配してるとわかる。俺のことを、なんにも疑ってない、って。 「ぅ……ううん、な、なんでもない」 でも、さすがに、裏垢やってることなんか言えない。俺は誤魔化すように首を振って、話題を変えようとぎこちなく笑顔をつくる。 「耕太、こういうの、好きなら……耕太が着たいやつ……着よっか?」 「えっ。ま、マジでッ!?」 それは俺にとって後ろめたくてやましい提案だったけど、耕太にとってはわかりやすくやらしい提案に映ったみたいだった。ガバっと、想像以上に勢いよく起き上がる耕太に、俺は頷く。 「う、うん。あ、あんまエッチなのは、やだけど……」 「じゃあ、じゃあ……ッ、えっと、ええっと……ああああああッ、ダメだッ、いざやって貰うとなると決めらんねぇッ!!!ちょ!ちょっ!!後でリスト送るわ!ちゃんと考えて決めるからッ!!!」 「──」 ガチで頭を抱えて本気で悩む耕太に、また、チクチクと胸が痛み始める。 やっと耕太へのモヤモヤが消えたと思ったら、今度はこんな気持ちになるなんて。 つまらない隠し事のせいでゆっくり耕太と噛み合わなくなっていく感覚は、俺が耕太といてはじめて感じる──居心地の悪いものだった。 ・・・ 「はー……」 最近は、『雨』の反応がよくない。よくないっていうか、頭打ちって感じで、一定以上に数字が伸びない。今までは満足してた数字に日に日に満足できなくなっていって、前に感じてたようなむなしさを、また感じるようになってきて。 「どしたよ、晴樹クン。俺が見てんだぞ。いい顔、曇らせんなよ」 「んー……」 耕太のバカな発言にも、ツッコむ気になれない。 「おい、マジでどした?昨日ヤりすぎたか?つかなんだ?体調、悪いか?」 「ぅ」 ぼんやりした返事が心配になったのか、耕太は手を伸ばして俺の額に手の平を当ててくる。ベタっとした耕太の手は、熱い。 「熱はねー……か?明日から実家帰るんだろ?だいじょぶか?」 「だいじょぶー……」 「上の空じゃねーか……」 あきれつつもあれこれ「おふくろさんに連絡しろよ」「なんか準備あんなら手伝うぞ」とか言ってくる耕太に、やさしいな、と俺は思う。 ばかでスケベでときどきサドな耕太だけど、やっぱりこいつって基本的にやさしくていいやつだ。だから余計、罪悪感も強くなる。俺、こんなやつに嘘ついてて、裏垢やってて、それ、秘密にしてるんだなぁ、って。 耕太のこと。 モヤモヤのこと。 『雨』のこと。 なんだかいろんなものでひとり勝手にがんじがらめになって、身動きが取れなくなってるみたいだ。不自由で、内臓がずしんと重くて。……前はこんな気持ち、ひとつも感じたことなんか……なかったのに。 「……」 まだ、俺を心配してる様子の、耕太を見つめる。 耕太は俺が耕太を知らない頃から、ずっと「つくる」側だった。 ずっと「自分から」、なにかをする側だった。 耕太は、すごい。 俺は素直に、そう思う。 5桁のフォロワに4桁の反応。俺とは反応の桁がふたつくらい違う。 それなのに耕太はイキってもないし天狗にもなってないし、あほみたいに絵だってうまいのに、「俺は底辺」とかわけわかんないこと言って、今でも毎日毎日絵を描いてる。 すごい。 すごいな。 耕太は、ほんとに、すごい。 俺もやっと、自分で「なにか」をするようになって、耕太のすごさを理解した気がする。 4年──いや、絵は幼稚園の頃から描いてたって言ってたから、耕太はもう10年以上、絵を描くのを続けてることになる。それだけの年月、ひとつのことをずっとやり続けてることになる。 それがエロへの情熱っていう、やましい動機だったとしても。でも俺はたぶん、そんな風に同じだけの気持ちをもって、同じことを続けられない。俺が逆立ちしたってできないことを、耕太は当たり前って顔で、俺にそれをひとかけらも見せないで、ずっとずっと、続けている。 今、こんなに俺にやさしい耕太は、すごい、すごいやつで。 俺なんかいっこも敵わないくらい、すごい、すごい、すごい、やつで。 「……」 それに比べて、俺は、なんなんだろう。 こんなすごい耕太の隣にいる俺に、一体、なにがあるんだろう。 むなしい。 みじめだ。 耕太に比べて。 俺は。 本当に。 なんて、なんて。 ……なんの価値もないやつ、なんだろう。 「晴樹。なんかあんなら、ちゃんと言えよ?」 だから、俺を見て、真剣な顔でそう言う耕太へ。 「……。……うん」 と。 俺は耕太の存在から逃げるようにそっと俯いて、か細く応えることしか、できなかった。
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