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6
実家に戻った。
なんとか耕太の手は借りないで、ひとりで準備して電車に乗って、実家へ帰れた。出迎えてくれたおふくろに、東京にしか売ってない菓子折りをぞんざいに渡す。
「ただいまー。おみやげ」
「おかえり。あら、珍しく気が利くわねー。どうしたのよ」
「耕太が持ってけって」
「はー。あんたホント、耕太くんにおんぶにだっこね。あっちでもそうなんじゃないの?ちゃんとお礼言ってる?」
「うっさいって。ちゃんと言ってるよ。俺、部屋行くから入ってくんなよな」
「まったくもう……夕ご飯までには下りてくるのよー」
いつまでもガキ扱いだな、って感じのおふくろの言葉に背を向けて、家を出る前となにも変わってない自分の部屋へ数ヶ月ぶりに戻る。見慣れた風景に嗅ぎ慣れた匂い。ベッドに倒れこめば、高校生に戻った気分になる。
そういや高校の頃は、うちでも耕太に絵描かれてたっけ。俺は好きにマンガ読んだり動画見たりゲームしたりしてたけど、いつも耕太はiPadと俺を見比べて、今と同じ熱量で、ずっと絵を描いてたな。
「……」
耕太のことを考えるとそれだけで劣等感がぶり返してきて、意識をかき消すようにスマホを見る。
『雨』のアカウントは昨日よりフォロワが減ってて、昨日上げた写真(耕太がこれがいい、って自分で買ってきた、まんこのトコが開いてるエロ下着を穿いてるやつ)は一昨日より反応が減っていた。
そんなことで、いちいち落ち込んで溜息が出る。
枕に顔をうずめて、ばかみたいだな、と思う。
俺、なにしてるんだろ、って。
勢いで始めた裏垢。
耕太へのモヤモヤを消すための、「俺にできること」。
そのための、別になんてことない行動だったはずなのに、細かいことを気にして、耕太と比べて、そのせいでどんどん、考えが悪い方へいってる。
どうすればもっと数字が伸びるのか、どうすればもっと反応がもらえるのか、そんなことばっか、考えてる。
ほしい、ほしいって気持ちが、とめられない。
「……。」
数字がほしい。
反応がほしい。
やってることに対しての、「成果」がほしい。
自分からなにかをするってことは、そういう気持ちがいつもついて回るんだって、俺は裏垢をやって始めて知った。
もっと知られたい。
もっと認められたい。
もっと、もっと、褒められたい。
そういう感情でいっぱいになって、だからもっとなにかしなきゃって、わけもなく焦ってしまう。
どうしたらいいんだろう。どうすればいいんだろう。
もっと脱ぐ?もっとエロいポーズとる?もっとエッチなコスプレする?動画見せる?顔……見せる?
耕太が、さんざん、さんざん、さんっざん褒めてくれた俺の顔、晒せば。もっとすごい反応が来たり、すんのかな。もっともっと過激なことすれば、もっともっと数字稼げて、もっともっとちやほやされたり、すんのかな。
……耕太。
耕太は、どうなんだろう。
耕太も、そうなのかな。
耕太は……俺なんかより、ずっと、ずっと、すごいけど。だから俺は最近、耕太といると、すごくみじめな気持ちになったり、するけど。
でも、耕太も。
俺の前では、なんでもないって顔してる、耕太も。
今の俺と同じように、焦ったり、迷ったり、悩んだりして、絵、描いてたのかな。
耕太は。
耕太も。
数字とか。反応とか。評価とか。
そういうものに苦しんで、承認欲求みたいなのに振り回されながら、どうしようもない時間を、過ごしてたりしたのかな。
……わからない。
耕太は、絵を見せてくれたり自慢したりしても、俺へ絵に対しての悩みを言ったことは一度もなかったから。
でも、そんなの当然だ。
俺はただ耕太に描かれてただけで、耕太のそういう気持ちを、わかろうともしなかった。ただ自分勝手に耕太の隣へ居座って、「つくる」やつの気持ちなんか考えもせずに、無遠慮に耕太へ接してただけだった。そんな相手に、相談なんか、するわけない。
「……」
俺、ばかだな。
すごい、ばかだ。
耕太のすごさを知りもしないで、生意気なことばっか言って。
それなのに、耕太に対して、勝手に優越感感じて、勝手に羨んで、勝手にモヤモヤして、勝手に承認欲求満たすようなことして、勝手に落ち込んで、勝手に罪悪感感じて、勝手に、傷ついたりして。
耕太は、ただ自分の好きなもののために俺と親しくなって、ただ自然に好きなもののためへ努力してただけだ。それなのに俺は、なにもしてないくせに、なにも持ってなくて、なにもすきじゃないくせに、自尊心ばっかで、エゴだらけで、こんなことして。
女神、なんてちゃんちゃらおかしい。ろくな努力もしないで、ちやほやなんてされるわけない。
そんなことくらいで。
俺なんかが。
女神になれるわけ、ない。
……耕太に追いつけるわけ、ない、のに。
「っう……ぅう……ッ」
情けない。情けない。情けない。
むなしい。みじめだ。ばか、みたいだ。
枕に顔をうずめたまま、それこそばかみたいに滲んでくる涙を俺は必死にこらえる。
行き場のない気持ちを。
募ってくだけの焦燥を。
自分の中に、押し殺しながら。
・・・
「──ぅ……」
目が、覚める。
なつかしい天井が視界に入って、あれ、ここどこだ、と一瞬思う。でもすぐにああ実家か、と記憶が戻った。
昨日はやぶれかぶれな気持ちのまま延々部屋でぐずってたけど、なんとか家族と一緒に夕飯を食べて、近況も話した。我ながらえらいと思った。でも『雨』のことはどうしても考えたくなくて、アカウントを作ってから初めて、毎日あげていた写真の更新を止めた。
ぼんやりそのままの状態で数分天井を見つめてから、スマホを手に取る。ロック画面を点けると、通知がいくつか来ていた。そこには『雨』のアカウントに来てたリプの通知もある。俺の更新がないのを、残念がってる感じのリプだ。
「……」
見たらまた数字が目に入っていやな気持ちになるかな、と思いつつ、リプの返事はしたくてSNSのアプリを開く。これまでも写真を上げると、たまにリプはついていた。「セクシー」とか「かわいい」とか「エロい」とか「抜ける」とか。大体が短いものだったけど、それはどれも素直に嬉しくて、ああ、こんな写真でも、喜んでくれる人がいるんだなと思った。
『今日は更新ないんですね。残念です』
開いたアプリからもう一度確認するリプはシンプルで短いものだ。でも、そのリプの他にも、アプリ下のメニューには通知の①マークがついていた。……DMだ。
「──」
DMが来るのは初めてだった。だから、少しだけ驚く。わざわざ俺なんかへDMしてくるなんて、一体なんの用だろう、って。
気になったけど、先にリプの返事をする。「ごめんなさい。また更新したとき見てくれると嬉しいです」。シンプルなリプだから、シンプルな返事になった。気持ちがまだ、下向きだったのも理由だ。ごめんなさい。
届かない謝罪を胸の奥でつぶやいて、今度こそDMを開く。
すると、そこには。
『更新がなくて、気になったのでDMしてみました。雨さんは特徴的な身体なので気になって、見つけた時から毎日チェックしてました。写真の媚びてない所が好きです。自分も別垢で裏垢みたいなことをしてます。しんどいことも多いと思います。無理はしないでください』
……という内容が、書かれていた。
「……。」
これは……なんだろう。
応援?励まし?なのかな……。少なくとも……エッチ目的……の、DMじゃなさそうだ。無理するな、って言ってるから……心配、されてるのかな。
DMを送ってきたアカウントを見てみるけど、ほとんど呟かれてなくてRTばっかりの、情報収集用のアカウントみたいだった。別垢……って言ってるから、ちゃんと使ってるアカウントは他にあるんだろう。
確かにこの『雨』のアカウントにはちゃんとフォロワがいるから、見てる人がいるのはわかってた。わかってたはずだけど、こうやって長めの「文章」としての反応が来るのは、まったく別に「実感」が来るんだってわかる。「重み」があるのが──わかる。
それを感じると、落ち込んでた気持ちがふわっとすこしだけ浮かび上がって、不思議な場所へ舞い上がる。それは喜びや嬉しさとはどこか違う、なんとも言えない、フワフワした感情だ。掴みどころのない、それこそ、はじめて感じるような。
「──。」
これ、なんだろう。
わからない。
でも、もらった言葉の重みと反比例するように、浮かんだ気持ちは軽くなって、なんとなく、じくじく膿んでた感覚が落ち着いていく。
文章を、ゆっくりと目で追う。
俺。
このひとと。
……「いっしょ」なんだ、と、思う。
「はるきー」
DMを見つめたまま固まっていると、おふくろが俺を呼ぶ声。うざいな、と思いつつ、そこでやっと俺はベッドから起き上がって、下へ向かった。
「なーに」
「あんたどうせ暇でしょ?買い物行ってきてよ、駅まで」
「ええ、めんどい」
「あたし、これから出て夜まで戻れないのよ。お父さんとデートしてくるから。これ買うもののメモね。よろしくー」
「ちょ、拒否権ナシかよッ」
無理矢理押しつけられるメモにふざけんな、と文句を言うけど、当然おふくろはひとつも聞き入れてくれない。
俺はちっと舌打ちをして、またデートかよ、と思いながら……とりあえず顔洗って歯磨こう、とメモをスウェットのポケットにしまって、洗面所へ向かった。
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