少女騎士団 第三話

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少女騎士団 第三話

少女騎士団 第三話 Das armee Spezialpanzerteam 3, Mädchen ritter Panzer team 8."Hartriegel" Drehbuch : Drei. 41248d43-f187-461f-8bef-2be1e196df35 …………………………  人の恨みほど怖いものはない。私自身がそれであるからだ。どれほど怖いものか試してみたいという気持ちも分かるが、値は安くない。少なく見積もって弾が一発と命がひとつだ。さらに言えば、私が天国とやらに魂を連れて行くことを許すとでも思うか?私の憎悪が、のうのうと天に召され、聖者となった暮らしを謳歌させるなんて許すはずがないだろう?いくら足掻いても値踏みは出来ないのだよ。 「質問はないな」  あるわけがないだろう。   あるなら自分の胸に聴け。 …………………………  陽が沈み始めると夜鳥の声が響き、寂しさという色が深く色づいていく。明るさを失っていく空の下で、わたしたちは【月華】と【燦華】に積載したギリースーツに似たカバーを騎体に被せた。近くで見ると滑稽だが、距離が遠くなればなるほど迷彩効果は大きい。満天の星の下に照らされる月華には、一三八×五八〇ミリメートル弾という巨大な砲弾を使用する大型のロングレンジライフルを装備させた。コクピット内の全ての照明を切りカウルハッチを開くと、わたしのくしゃくしゃの髪や細い身体に、しん、と冷えた空気がしがみつくのだ。みんなの準備が終わり月華から降りると、いつもの香りが漂っていて、イリアルが顔をしかめて「あー……」と残念な声を出すのだ。彼女はこのレトルトシチューが苦手。ティーチャーのもとに行くと栄養重視のレトルトシチューが温められていて、改めて言われると美味しいとは言えない、晩餐。  でも、ああ、戦場に来た。わたしたちの毎日だ。  そう思い、安心するのだ。  食事を終えるとティーチャーがお湯を沸かして淹れてくれた紅茶が愛おしくなる。どこかもわからない山のなかなのに、その温かな愛しさを飲みながら作戦内容を聴いた。 「ここから南西側斜面にある屋敷及び人物を砲撃。目標は……」  広げられた地図と屋敷の見取り図。ティーチャーの胸ポケットから出てきた四枚の写真には、敵側公国軍の軍服を着た人間と同胞の陸軍軍将校………少将の襟章を付けた人間が写っていた。 「明日、両名が密会するという情報入った。だが、時間までは把握していない」  いつもの淡々とした不機嫌そうな声。 「彼らが会う所を狙撃……いや砲撃か?まあ、砲弾を降らせる」 「以上、質問はないな」  質問はない。わたしたちはティーチャーに言われたことを実行するだけ。  それが、わたしのしあわせ。 …………………………  ブリーフィングが終わり、彼女たちには月華内で休むよう指示をして、私は燦華の中から下で待機している別働隊に連絡を取ろうと通信機の周波数を合わせた。 「こちらハイイロギツネ」 …『……ザッ!こちらアカイロギツネだ。聴こえる』  彼らの話によると【陸軍省情報局】の情報では、まだ【内閣府独立情報収集分析局】に動きは確認されていないらしい。しかし、我々の動きを情報収集分析局が察知していないわけがない。慎重に動いているのか、それとも表立って動く必要がないという判断なのか。では……【陸軍省】はどうなのだろうか。 …『ハイイロギツネへ。今回の件………彼女たちに抵抗は?』 「私の部下だ、ある訳が無い」  戦争を扱った映画や舞台、小説などで道徳や倫理観、人間愛を美徳とする作品が虫唾が走るくらいに多い。『戦場』とは『合法的に人間が人間を殺めるためだけに用意された場所』だというのに、そんな事を考えていられるわけがない。殺されるから殺す、それが心理だ。それら『普通の人間』が持つ感覚が感じられるのは戦場から帰り、数ヶ月経って『正気』に戻った時だ。ある日突然、恐怖と自責の念に襲われる。もちろん、少女らは目標とされた人間を撃つか撃たないか躊躇うような自殺志願者とは違い、どのような場面でも『私の少女』だから躊躇わない。それが同胞であっても命令に従順でなければ、私の下に置く価値も存在意義という言葉に意味がないことを彼女たちは、よく知っている。 …『悲劇ですね』 「反圧力側にでも転身したのか?私たち軍人は歴史上、いつも命令と上官、旗に絶対。そして、唯一の正義なのだよ」 …『もし………大尉が対象になっても、ですか?』 「ああ。そうだ」  何故か、エドの顔が浮かぶ。 「では通信終わる。オーバー」 …『おやすみなさい、また明朝。では、祖国のために。アウト』  通信が切れ、ノイズがスピーカーから流れるとベッドに寝転んだエドの誘うような笑顔が浮かんだ。今夜は燦華の作動音と機器熱で満たされた空間での就寝。ただ、私は快適なベッドが恋しいだけだろう。私が彼女に惚れるなんていう事はあってはならない、自尊心が許さない、あり得ない事だと声をあげて笑ってしまった。私の心だけは何人たりとも侵入する事など許されぬ。モニタから発せられるノイズだらけのノクトビジョンの光、それに照らされる写真を指で撫でる。お前の家族は妻と結婚を控えた娘がひとり。 「良くも悪くも悲しむ人間が少ないのが救いだな」  十五年程前、南方戦線における公国との停戦条件となる『南方二州五県放棄措置』までの道程を、水面下で作り上げていた幹部のひとり。公国が侵攻してきた際に露呈した国境線地域の軍備遅延、防衛にすら届かなかった軍事展開の遅さによる被害の責任。さらに公国軍が北上し、想定がなされていたはずの首都付近までの侵攻という脅威に、足掻いて絞り出した答えが『地を渡す』という耐え難い屈辱で政治決着させた悪人。現在は当時と違う思想である穏健派に所属し、平和的な解決による南方二州の返還を求めて活動しているらしいが……。 「孫の顔を見る事はできないが、愛娘の婚約が決まってよかったじゃないか」  パンッ!と写真を指で弾く。 「今晩はゆっくり朝まで快適なベッドで休めばいい。明日から感じることのできない幸せに沈んでいるんだな」  人の恨みほど怖いものはない。私自身が、それだからだ。 …………………………  〇四〇〇時。陽が上がる前に少女たちと、昨夜食べたものと同じ物を朝食として摂った。食事が終わり、改めて屋敷の見取り図と目標の顔を覚えさせ、指示を出す。 「第一射撃手はイリアルだ」  それを聴いたイリアルの顔が蒼白になるが、かける声があるとするなら、私がやれと言えば絶対にやれという事。それをしないという選択肢はないのだ。もしあるとするなら、ここに彼女が身を置く価値がないことくらい知っている。 「第二射撃手はナコ!リトはイリアルの、ファブはナコの観測補佐だ!」  いつものように「質問は」と発する。イリアルを盗み見る、右手で左腕を握り『覚悟』したようだった。 「無いな!以上、解散!」  煙草の煙を肺の奥まで染み渡らせた後、空に白色を置いた。下で待つ部隊と合流するまで煙草は吸えないから深く味わいながら、アシがつくものを残してないか念入りに見て回る。 「私とした事が……」  湿った吸殻を拾う。もし、事後の捜査が行われた時に、自国の銘柄が見つかるなんて事があったら洒落にもならんだろう。 「……いや、それも面白いかもしれんな」  そんなことで国が大騒ぎになれば笑える、最高に笑える。だが、楽しみは最後まで取っておく主義だから煙草を拾いあげた。 「イリアル」 「はい」  準備をする彼女の月華に寄り声をかけた。名前を呼び向けられた言葉と眼に『覚悟』を確信したが、念を押す。 「出来るな?」 「できます!」  私の眼を見て返した歯切れのいい返事に、思わず口元が緩んでしまう。頭に手を置き「いい子だ」と言って「本当にいい子だ、イリアル」とカウルハッチが閉まるのを見送った。イリアルの射撃に関する問題は技術の良し悪しじゃない。重ねてきた訓練から得た技術や経験を自信に変えられないだけだ。私が確実に撃てる少女だと評価しているのだから出来ないはずがない。本作戦で彼女にかかる重圧がどう転ぶかに興味もある。もし、良い方へ転じなければ彼女に価値はないし、価値がないものは手放すだけ。無価値なものを置いていても無意味、邪魔になるだけ、私は散らかった部屋が嫌いだ。彼女は、それが分からない馬鹿でもあるまい。 …………………………  マスターキーをオンの位置まで捻る。計器を確認し、各スイッチに触り通電させていく。 『出来るな?』  できます! 『いい子だ』  あたしはコクピットに深く座っていたからティーチャーの顔がよく見えなかった。なのに、ティーチャーが満面の笑みで『本当にいい子だ、イリアル』と言った顔が浮かぶ。 「なんだ……これはっ!」  溢れそうになる何かを抑え込むように強く言い、まぶたを強く閉じてイグニッションレバーを捻った。発電用のディーゼルエンジンに火が入り、動力用コンプレッサも動作して騎体に低く鈍い振動数が伝わっていく。人工筋肉の温度や反応が活発になって計器の針がパルスを捕まえ敏感に跳ねた。よく分からないがイライラする、何に苛つくのか分からないからイライラする。身体の内側からする、むずがゆいような言葉にならない感情と感覚にイライラする。全身に、ぐっ、と力を入れ、ゆっくりと力を抜き…………肺の奥、その奥まで空気を吸い身体を膨らませて、ゆっくり丁寧に吐き切った。 「よしっ!」  精密射撃用スコープを引き出して覗く、カメラ、モニタに異常はない。 「こちら三番騎イリアル。リト?準備が終わった」 …『こちら二番騎リト。私も終わったところ』 「今日は、どうなるだろう?」 …『さあ?…………でも、そうね。いい日になるといい』 『こちらハイイロギツネ。全騎へ。予定時刻だ。作戦開始、作戦開始』  ティーチャーの言葉に時計の作戦経過時間を測るボタンを押した。  空が明るくなり、太陽が大気を温めて霧が濃くなりはじめた。これから一時間ほどは視界を期待することはできないだろう。それなのに………リトは律儀に情報を伝え続けている。 …『視界最大二八〇、風北北西三.七……』  目標が見えない以上は無価値な情報だということが分からないのだろうか。そんな無価値を黒髪ロングの元【エリートアイドル】は垂れ流し続けた。 …『イリアル!〇一二五時方向、距離一八〇メートル!』 「んあっ!?」  右の操縦桿で月華を動かし、親指で触っているアナログパッドで大型ロングレンジライフルの射線を動かして、眼をぶつけるようにスコープを覗いた。左手は手早くピントを合わせられるようにフォーカスリングに触れ、準備をする。スコープの中に大きく映る木に止まる鳥。  ちッ!あたしを試したのか!?  心の中で叫んだ。 …『なんていう鳥だろう?』  それとも、いつもの不思議さんが発動したのか? 「アオサギだよ。水辺もあるみたいだから住むのにもいい環境だと思う」 …『詳しいね』 「……娯楽室にある本に載っていただけだ!褒められたもんじゃない!」 …『でも、イリアルは知っていた。私は知らなかったんだ』  ああ、やっぱり嫌いだ!この黒髪ロングはっ!回しても、回しても開かないドアノブのような………くそ、イライラする。 『リト!全部聴こえているぞ!視界がないとはいえ、遊ぶんじゃない!』  ティーチャーの一喝に「ざまーねえな」と、あたしの性格の悪さが顔を出した時………、 『それとイリアル!』  身体がビクッと反応し、次に来るだろう言葉に身構える。 『いい反応だったぞ。悪くない』  ティーチャーが………………、あたしを褒めた。 『出来るな?』 できます! 『いい子だ』  あたしの言葉にティーチャーが嬉しそうに頭を撫でてくれた。 「本当にいい子だ」  その声で、あたしの頭をティーチャーが嬉しそうに撫でてくれたと思うと、脚の付け根がムズムズする感覚に襲われる。きつく固定したお腹と脚の間から通るハーネスが身体に少し食い込み、圧迫して変な気分が湧き上がってくる。狭いコクピットに許される範囲で身体中に力を入れて脚をバタつかせるのだが、まだ何かが足りない。 …『イリアル、ティーチャーの言う通りだ。私たちはいいんだよ』  やっぱり、リトはコミュニケーションと反応速度、正確性を把握したかったのか。なんだか信用されていないね、あたし。まあ………あたしも、あんたを信用していないけど。 …『アオサギってクチバシが黄色で可愛いね』  そう小声で呟くリトにイラッとする。ああ……もう本当に、この黒髪ロング大嫌いだ!苦手だ!不快に思うくらいの疑心で満ちるんだよ! …………………………
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