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寮に戻りシャワーを浴びて、夕食を摂ったあと、自室で午後に切り上げた女学校での授業内容を自習した。二〇五〇時からイリアルと娯楽室でお菓子を食べながら、おしゃべりをしていたのだけど、もちろん話題は新しい搭乗着と制服がどういうものなのかということと、中尉と出かけたお昼のことだった。月華(げっか)のコクピットみたいに狭くて、うるさかったね、とか、色はきれいな紅い車だったね、とか、食べに行った食事は美味しかったけど、淹れられた紅茶は茶葉が古くて渋かったね……とか。それから、
「ありがとう……って、どういう意味なんだろうな?」
わたしも気になっていた。ホムラ中尉が口にしたそれは…………わたしたちがここにいる意味はなんだろう、と思ってしまうものだった。
「少女騎士団のアイドルであるためにここにいるから……あんなことを言われると困るね」
そう、困る。改めて言われるなんて、困る。少女騎士団のアイドルとして月華に乗る以上、当たり前のことをしているだけなので、お礼を言われるようなことはしていないのだ。わたしたちは中尉が「貴女たちが守っている街」だと言った、それをするためにここにいる。
「……あたしの杞憂だと思う。だけど、なんだか中尉は思い詰めているっていうか……何か、覚悟して言ったような気がした」
「どういう意味?イリアル?」
んー、と口を、ぎゅっと一文字にイリアルの眉が難しいな、という形になる。
「なんだか、あたしたちが不…」
イリアルが言葉にしようとしたそれを遮るように、ティーチャーが慌てて飛び込んできた。こんな時間だったから、わたしは慌ててぬいぐるみ大隊から適当に取った小さなリスを親衛隊員に急遽任命してパジャマ姿を隠す。
「リトとファブは!?」
大きく眼を開き真っ紅になった顔で「へ、部屋にいませんかっ?先ほどまで、わたしたちも自習をしていましたので……っ!」と声は裏返る。ただでさえも恥ずかしいのに、イリアルが「乙女だねえ」と小声で言って意地悪にニヤける。「ばかあ!」と言いたいのを我慢して、きっ、とイリアルを睨み、ティーチャーには笑顔を作って「よ、呼んできますねっ」と、ソファから立って部屋に行こうとした。ティーチャーの横を抜けようとした。わたしの腕を取り、引き止めるティーチャー。その握られた腕の感覚でわかった。わたしの身体がびっくりするくらいに熱を持っていて、顔も熱くなっている。ティーチャーに掴まれた腕、真剣な眼。たぶん、一秒に満たない時間が永遠に思えて、へえええっ!?と、声に出してはいない……と思うけれども、絶対に表情ではそう言っていたはずだ。どうしてだろう、お断りされたのにわたしのなかの何かがおかしい。ティーチャーもティーチャーじゃないか、こんな時間に寮にやってきて、娯楽室にまで入ってくるなんて。わたしがもじもじしているのに気付き、背中を向けると「緊急派遣が下った」と言った。
そして、
「ナコ、失礼した。しかし、よく似合っている」
と、言った。
貴方は、本当にずるい。
そんなこと言われたら、
わたしは、
諦めきれな……
いや、もともと諦めるつもりなんかないじゃないか。そんな簡単に想いが変えられるほどの弱い想いじゃない。
わたしも…………、ずるいなあ。
…………………………
闇に開けられた格納庫の大きな鉄製の扉から灯りが漏れていて、キンモクセイ隊も召集されていた。整備士たちが慌ただしく荷物や機材をコンテナに積み込んでいる。
「第七騎士団キンモクセイ隊!第八騎士団ハナミズキ隊集合!」
眼の下にクマのある険しい顔をしたキンモクセイ隊のティーチャーと、わたしたちの不機嫌そうな顔のティーチャーが胸を張り立つ。
「最初に!
私リエドロ・アサカは本日付で大尉から少佐に昇進し、
第三機械化騎士団の連隊長を拝命した」
本来なら大きなお祝いをするべきことなのだけど、ティーチャーからうれしそうな様子は見られず、すぐに本題へと入る。
「さて!今回の要請だが……」
月華(げっか)と燦華(さんか)の両腕可動部には封印が貼られ、各武器のバレルや排莢口にも封印が貼られている。これらは輸送機が非武装地帯か武装放棄地帯を通ることを意味している。もしかすると、公国に関係しない第三国を飛ぶ可能性だってある。一番近い中立国と非武装地帯、我が国が関係する紛争を頭に浮かべた。
「海……に向かうのかなあ?」
輸送機の貨物室はパラシュートパックとバッテリーパックを背負った月華と燦華でぎゅうぎゅうになっていた。この重装備の月華四騎、燦華一騎で総重量(ペイロード)はどれくらいになるのか。これだけの重量物を載せて輸送機が飛べるのかと、いつも不安になるのだ。本作戦は膠着状態が続いている上陸作戦の突破口を現地部隊と協力して開くというものだった。上陸作戦に投入された部隊の大半に損害がでたらしい激戦地。上陸を成功させた一部同胞が波打ち際に取り残された形になっているから、艦船からの援護射撃もできないという。さらに無補給でとどまっているとのこと。つまり、わたしたちが行かなければ命が見捨てられる。
「ナコー?」
貨物室の両壁に備え付けられた折り畳み式の簡易座席に座った左隣のファブが腕に抱きつくように、がっしりと掴まる。
「ごめんね、ちょっとだけー……へへへ」
「うん」
ファブは自分の理解が及ばないことがあると、ひとに抱き付く癖がある。恐らく月華と燦華、荷物の総重量(ペイロード)と輸送機のことを考えて不安になったのだろう。そんなファブの頭を撫でて「大丈夫だよ」とすこし笑った。身長が伸びて、搭乗着のお尻がきつくなって、身体が女性らしくなっても、ファブはファブのままだ。
「ナコ、少し匂い変わったねー」
もうひとつの癖は匂いを嗅ぐこと。そして、その匂いは一度嗅ぐと、ほぼ覚えられている。
「ナコの匂い落ち着くー。温かさとやさしさが匂いになってて落ち着くんだー」
わたしはひとを好きになって、ひとからも好きになってもらって、しあわせだと思う。ティーチャーが、わたしを悪い夢から救い出してくれて、さらに貴方に従うことが許された。少女騎士団にきて、みんなと出会って、お茶をして、食事をして、学校に行って、普通の女学生がする部活動の変わりに訓練して、カフェの変わりに戦場に行く。
これがわたしの『普通』だ。
輸送機が離陸するとき、いつもより長く滑走路を走った。速度が上がるにつれて知らない揺れと音を聴き、機首が上げられると窓から見ていた主翼が大きくしなって、ギシッ!と機体が叫ぶ。いつの間にか、右隣のイリアルも腕を痛いくらいに握っていて「そんなに怖がらなくても大丈夫だよ」とふたりに言い聴かせて、苦笑い。だって、空と飛行機が大好きなティーチャーが、いつもの不機嫌そうな顔で、いつものように腕を組んでいるでしょう。
…『機長から各員に連絡。当機は安定高度に達した。尚、当機は……』
くすくすと笑いながら「痛いよ、ファブ。イリアルも」と言った。イリアルが「ああっ!ごめん!」と言いながら、腕を離す顔が真紅になっている。ここまで彼女が怖がるなんて珍しいかもしれない。少し腕が痛いけれど、なんとなくイリアルの可愛いところを見れたから、いいか……なんてね。ティーチャーの手から毛布が渡され「機内は冷えるぞ」と配られた。そして、今はとにかく睡眠を取るようにと言われ「おやすみ」と、ちいさくわたしに言ったんだ。
ギシッ!ギシギシッ!
キュッ!カタカタカタ!ギッ!
今夜は輸送機の揺れ、月華と燦華を固定するバンドの軋む音の中で、夢の向こうにある戦場に向けて、眠る。
…………………………
…『ハナミズキ隊投下まで六〇〇秒!』
整備士たちが慣れた手つきで封印を剥がし、固定具を解いた。わたしたちが降下する眼下の浜辺は分厚い雲に覆われていて見えない。狭いコクピットに脚から身体を入れていく。身体をベルトでしっかりと固定し、カウルハッチを閉めた。酸素吸入機の計器を確認して、正常に作動しているか作動音も聴き、吸入マスクを顔に押し当て、バンドを頭の後ろに引っ掛けて固定する。降下時、風に流され遠沖に着水したときに月華の全てが沈めば、水圧と重量の関係で身動きが取れなくなる。陸側に流されればトーチカや高射砲の的だ。空気を吸い動く発電用ディーゼルエンジンは着水時に使えないから、一〇八〇秒間だけ駆動するバッテリーで動力液パルスポンプや人工筋肉、モーターに電力を供給させる。バッテリーが使える間に、エンジンに火が入れられる状況下まで月華を移動させなくては、電圧が下がり電力の供給が止まるとコプレッサや動力液パルスポンプが止まり月華は停止、海に沈むことになる。
『こちらハイイロギツネ。最新の情報では天候は大雨、気温十八度、霧が発生している。視界は最悪だろうな。
降下後の予定に変更は無し。一四三〇時に……』
あらかじめ、みんなで合わせた腕時計を見て月華(げっか)の計基盤にある時計に狂いがないか確認をした。
…『降下まで一二〇秒。後部カーゴハッチ解放まで一五秒』
モニタの向こうで整備士たちが荷物室壁面に退避して、フックをベルトにかけて身構えた。
…『全作業員!気をつけろ!後部カーゴハッチ解放!』
輸送機後部の扉が開かれると機内の空気が抜け、外から大きな音が入ってくる。
…『降下まで一〇〇秒!』
『こちらハイイロギツネ。ナコ、イリアル、リト、ファブ。生きて帰えるぞ』
いつもの言葉に名前が呼ばれる。わたしたちを守ってくれるおまじない…………、
……そうだ、わたしにも言えることがあるじゃないか。
「ナコです!ティーチャーも!ティーチャーも生きて!」
『…………こちらハイイロギツネ、了解した』
…『機械化騎兵投下!機械化騎兵投下!空挺団の気分を味わってこい!!』
機内から外に放り出された小さなパラシュートが空気を捕まえて開き、引っ張られ、射出される燦華。続いてリト、ファブ、イリアル……わたしの月華が空に落ちる。
ガンッ!キシュルルルルルル!
バタッ!バタゥッ!ホボッボンッ!
ババババババババババババッ!
輸送機から放たれた瞬間、一瞬、太陽の光でモニタが真っ白になった。月華の周りで渦を巻きながら切り裂く空気の音がする。高度計の針が高速で回転し値が下がり続け、モニタで他の月華との位置を把握しながら、腕部や脚部を小さく動かし空気を操った。
『ザッ…シュ!雲にッ…いるぞ!シュ!ザザー…』
ドホッ!ボボボボッボッ!ボボボボッ!
雲の中は湿度が高く空気抵抗が変わりコクピットに響く音も変わる。モニタの中心を打ち放射線状に広がる水滴。光る雷の筋、ボッ!と雲から抜けると白波を立てて荒れる真っ黒な海に、艦船が浮かんでいた。カメラを動かしてトーチカで護られている断崖を確認。
高度計を凝視、一六〇〇、一四〇〇、一二〇〇……。警告灯がゆっくりとした間隔で点滅を始め、一〇〇〇メートルを切り着水目標の大きな岩がモニタ中心に来たとき、警告灯の点滅が早くなった。左手を操縦桿から離し、パラシュートを開くためのトリガーを握る。安全にパラシュートが開けられる高度を切ってから開く。滞空時間が短ければ短いほど、穴を空けられる可能性が低くなるからだ。的になればティーチャーが困る。せっかく昇進したのに損害が出れば、困らせる。
白波の中に上陸艇と思わしき船影を確認し、安全高度を切ったことを知らせる警告灯の激しい点滅と警告音が響いた。まだ飛べるから!と言い聴かせ、再び、みんなの位置を確認、高度計、迫る海面。
腕に力を入れ、トリガーを引いた。
カンッ!
ヒュンッ!シュルルルッ!
ドンッ!!
大きな音とともに月華の落下速度が減速し、身体を座席に叩きつけ押し付けられた。減速度が身体を押し潰そうとするから歯を食いしばるも、く……っ、ふ!と身体から臓器を押し出そうとして、肺から酸素が漏れる。
ギッギギシッギシッギッギッギッシッ!!
騎体が軋む音がする、意識が……遠のく。嫌な汗がドッと出て、暗く閉じそうになる視界を必死でこじ開けた。減速度が緩やかになり海面を視認するとパラシュートを着水直前に放棄した。パラシュートが海水に浸かれば水分を含み、重さとなって、そのまま海底に騎体を引きずり込むからだ。月華の脚を開き揚力から解放されると、今度は身体が浮かび上がり、続いて着水と同時、また身体を打った。
ズバンッ!ゴポッ!
モニタに海面と海中の境目である白い気泡の上下が映し出され、一瞬溺れている錯覚に陥る。直後、ごぼんっ!という鈍い音とともに四〇メートルほど右で大きな水柱が立ち上がった。スモークディスチャージャから発煙弾を発射してペダルを踏み、海底を蹴り移動を開始。直後、再び鈍い音で殴られる……水中衝撃波だ。騎体を隠せる場所まで移動しようとするのだが、海水が重い。思うように騎体が進まない焦燥感は、やはり溺れている錯覚を強めて息苦しくさせる。
カシュー、カシュー。
大丈夫、大丈夫だ。コクピット内に海水は入ってきていないし、万が一、海水が入ってきても酸素吸入器が正常に作動しているから、大丈夫だ。早く状況を飲み込め、ここはもう輸送機の中じゃない、空中でもない。ましてや生身ではなく月華(げっか)の中だ、戦場の真ん中。わたしの普通だ。
『ザッ!……らハイイロ……ネ!第一目標に現……ザーッ!…………護を開始する!ザッ!』
はっ、ふーぅ、はっ、はっ!
ゆっくり、ゆっくり肺を膨らませて吸い、ゆっくり肺を縮め二酸化炭素を含んだ息を吐く。
戦場、ここは戦場。
カフェでも学校でも寮でもない。
わたしのふつう。
戦場だ。
わたしの毎日。
…………………………
岩陰に騎体を潜める。燦華(さんか)の脚部付け根辺りまで海水に浸かっているが、発電用ディーゼルエンジンは使える。エンジンに火を入れて、重たいバッテリーパックを放棄した。空軍を辞め、機械化騎兵の訓練を始めたとき「なんて不快な振動なんだ」と思っていた細かな振動と低音で唸るエンジン音が安心感をくれたから、本当に空から陸に降りた兵になったのだと噛み締めた。黒く垂れ込めた雲から海面を激しく打つ大粒の雨と、低い気温が霧をもたらしている視界は最悪だ。ロングレンジライフルのコッキングレバーを引いた。霧の向こうに微かに見える断崖上に作られたトーチカに照準を合わせ、試射。
ガンッ!
コッキングレバー。
キンッ!
吐かれる空の薬莢。
一般人が想像し描く『戦争屋』ほど、馬鹿な人間はいない。美談として語られる英雄的行動は本来慎むべきだ、他兵の邪魔になる。誠に迷惑だ。爆弾を持って、相手に飛び込むことなど、以ての外、火薬の無駄だ。そして、戦場では何も信用してはいけない。同胞であろうが、自国製兵器であろうが、自分で確かめるまでは信用すべきではない。何も疑わないようなお人好しは戦場で馬鹿者と呼ばれ、真っ先に馬鹿者は命を落とす。輸送機から放り出された衝撃、激しい温度や気圧の変化、海水に叩きつけられ、水に浸かった銃なんてものは信用するに値しないと言っていいし、もはや壊れた銃として扱うべきだ。幸い私の燦華(さんか)が持つ兵装は壊れていないものばかりだった、と喜ばなければいけない。
「こちらハイイロギツネ!ナコ!イリアル!リト!ファブ!無事か!?」
波が打ち付ける度にバランスを失いそうになり、強く渦巻く風に刻まれたレティクルなど意味が無いと笑われる。
バガンッ!
ジャキッ!
キンッ!
バガンッ!
ジャキッ!
キンッ!
『ザ!…ィーチャーっ!?』
「ナコ!援護してくれ!」
『は…っ!』
「他騎を見たか!?」
『ザッ…えっ!見て……ザッ!』
通信状況も最悪。事前に得た情報とも全く違う状況だ。自分の眼で見るまで情報など当てにしないが、これ程まで違うと騙された気分にもなる。そもそも情報というものが、どれだけ大切に扱われるべきか学校で教わったろう海面に浮かぶ同胞、海中に沈む同胞。この状況を上は理解できているのか、と憤る一瞬。理解できていないから、これ程までの事になっていて、苦し紛れに私の少女たちをここに送った。憤りが馬鹿馬鹿しさに変わる。想像力の無い戦争屋ほど使えない物はないというのに、そういう上官を持つと、この屍たちのように死ぬまで苦労をする。
『ザッザッ!……チャー!一〇時に月華が……えます!』
その月華(げっか)は状況を読み行動しているように見えた。射撃を行ってもいい状況だが、それをしないのは恐らくリトだ。あの近くに誰かいる可能性が高い。
「ナコ!あのリトと思われる月華(げっか)まで移動し援護だ!」
『は……!』
「気を付けて行け」
『はい!』
私の少女たちは従順。
簡単に死ぬような少女はいらない。
私の足を引っ張るような少女もいらない。
私はいい上官だから死人は出さない。
死ぬ前に切り落とすからだ。
そんな、つまらない事で、
私のキャリアを汚されたくはない。
…………………………
少女騎士団 第七話終
Das armee Spezialpanzerteam 3,
Mädchen ritter Panzer team 8."Hartriegel"
Drehbuch : Sieben Ende.
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