少女騎士団 第九話

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 煙幕は雨季の霧のように視界を奪った。光学だけでなく、電気系にも影響があるものなのか、モニタに不可解なノイズが入る。後ろに付くファブも『ナコー?モニタ大丈夫?なんかチカチカしないー?』と言っているから騎体差の症状ではない。青と白、薄い灰色の混ざった煙の中を姿勢低く、微速で前進していく。こちらの装備はショットガンとガトリングガン、ランスの標準的な選択だが、手持ちの弾数は少なく携行させられている。 「一番騎ナコから各騎、煙から出そうだよ」  煙が薄くなっていくにつれ、月華の歩みを慎重にする。太陽の光がモニタのノイズに反応するようにチカチカと光った。視界が狭いな、と思ったとき、敵機から射撃を受け装甲が弾丸に打たれ、鳴る。 「撃ってきたっ!隠れて!」  慌てて建物の影に隠れると、敵が放った弾丸が美しい造形の街路灯を吹き飛ばし、紅く染まるはずだった街路樹の葉を幹や枝を木っ端微塵に散らしていく。  染まって落ちるまえに人間の手で。 「こちらナコ、ファブ!五〇メートル先まで走る。援護お願い!」 …『了解したよっ!』  ふっ!と短く息を吐き、ペダルを踏んで月華脚部の人工筋肉を収縮させたら開放。歩幅を広く、低姿勢で跳びながら駆けていく。ガトリングガンのトリガーを引き、ガラガラと弾倉から送り込まれる実包が機関部に吸い込まれ、キリンッ!カラカラッカランッ!と食い散らかした貝の殻のように、ばら撒かれる空になった薬莢。それが車に落ちて壊し、地で跳ねビルディングの大きなガラスを割っていく。最後の一歩を脚部人工筋肉に大きな負荷をかけて縮め、一気に出力を解放すると地上から十メートルを超える空中をゆうに跳んだ。眼を開き、見るモニタ。敵の弾道がわたしを追いかけ、乱れる。こちらに気を取られている間にファブが大きく歩を進め後ろについた。着地とともに接地面から散る火花、減速し、建物の間にある小さな公園へ飛び込んだ。追従してきた弾頭が街路灯、街路樹を吹き飛ばし建物を削る。 …『ナコ!援護ちょーだいっ!』 「了解、ファブ!」  建物の影から身を乗り出し、ガトリングガンを掃射すると応えるように応戦してくる。敵機は三、四騎か。 「ファブ!フラッシュを使うよ!」  フラッシュバンを敵機方向に向かって投げ、カメラを閃光から守った。 バンッ!キッ!ィーイイン!  破裂するフラッシュバン。閃光を伴い、高温で破裂するそれは、大量の酸素を食い、耳をつんざく音を鳴らす。機械化騎兵に備え付けられたカメラやセンサだけでは視覚や聴覚とも死角が多く情報収集能力は高いとはいえない。その上、フラッシュバンが効けば、それらちいさな情報までも奪いとってしまうのだから機械化騎兵には有効だ。敵騎からの弾幕が薄くなりファブが上がってきたので、ショットガンに持ち換え、さらに距離を詰めるべく走る。  敵騎の一騎が回避行動をとりながらデタラメにマシンガンを放っていたから、フラッシュバンでカメラがやられたのだと理解し、姿勢低く敵騎に向かい走り込んでいき、人工筋肉を圧縮、解放して空中を跳び敵騎の胸を蹴った。よろけて倒れたこむ騎体に飛び乗る。 「はっ!!!」  右腕部に持ったマシンガンを蹴り飛ばして、そのまま右腕部を踏み付け、身動きが取れなくなったところでショットガンを機械化騎兵の弱点である可動部のひとつ、腕部と騎体フレームの間に撃ち込んでいく。 バンッ!ガチャッ! コッ!コッコッコッ!  排莢された空薬莢が飛び落ちてレンガに転がる。散弾実包の火薬が爆ぜ、飛び出た無数の弾が、腕を保持するリンクやシリンダ、人工筋肉に穴を空け、弾き、人工の肉と紅いオイル、白濁した動力液が飛び散った。三発目で胴体フレームから腕部がだらしなく垂れる。次は胸部、その次はカメラがある頭部だ。 バンッ!ガチャッ! カコッ!コッカロッコッコロ!  騎体の影から流れる白濁した、動力液。混ざる紅いオイルがレンガ敷の道路に流れだす。 『ハナミズキ隊一番騎ナコ!敵一騎沈黙!残りの目標を追う!』 ……………………  テントの奥で、私は将校どもの立場すら押し退け、ここの指揮を執ることとなった。たった数十分で大きな力を手に入れることに成功したのだ。少女騎士団が戦果を報告するたびに力は増し、欲したものを満たしていく。大きな机を隠す、広い地図に落とされた行政区の俯瞰図。その街中を縦横無尽に『私の少女』たちが駆け、私が差す指先ひとつで少女たちが行政区という名の舞台で立ち振る舞い、踊る。 …『ハナミズキ隊二番騎リト!敵の中心に届きました!』 『ハナミズキ隊っ!一番騎ナコ!現在、敵と交戦中!』 …『同じく四番騎ファブ!接触したよっ!』  スピーカーから流れる通信から地図上に反映され、進められる少女騎士団の駒。もし、今、私の指が………全騎こちらの通りを進め、と言えば………その先にある建物は。 「ナタル大尉、キンモクセイ隊からの報告は?」 「現在地は一三八九。北上中との事です」  後発のゲッケイジュ隊を除く三部隊の中で、私のハナミズキが一番早く的確に動いている。私の眼に狂いはなかったのだ。自分が欲しい狗を手に入れていた。 「キンモクセイ隊はハナミズキ隊の支援!ノウゼンカズラ隊は急がせろ!」  キンモクセイがハナミズキに追い付いたとして、並列に扱ってはハナミズキの邪魔になるだけ。ならば最初から『支援をする役目』だという命令を出していた方がいい。二番手意識は適度に、ハナミズキがやられればキンモクセイに役目がくると覚悟をさせていれば、二番手であっても本気でやる。いくら訓練された意識でも、心の底では立場や上下関係を意識するものだ。少女たちにとって『必要とされている』という意識は彼女らだけではなく、精神的に立ち直りつつあるキンモクセイ隊隊長ナタルの士気にも有益だ。あと少しの間、彼女も使い物になる状態でなければ、私が困る。  少女たちだけ掌握していても意味はなく、一瞬でも少女騎士団ごと支配することに意味がある。この一瞬の支配が後に大きな意味となるから、今は充分な力を手に入れたといって浮かれるな。やり切るまで全ての伏線を丁寧にほどいていき、一本一本、最後の糸、最後の一本まで回収して、自分の役を演じ切れば叶う。 「各通りに兵を歩かせろ!脅威がない事を確認させるのだ!逃げ遅れた民間人や怪我人の有無も忘れるな!」  戦っているのは前方にいる少女たちや兵だけではない。指揮所の中だろうが、戦闘域から一歩下がった兵だろうが、この状況をテレビジョンで観ている休暇中の尉官であろうと、軍人だけではなく、この国に税金を納めた時点で殺し合いに参加している。その殺し合いの中で、必ずあるはずの物が無いと、誰が最初に気付くかだ。よく訓練された狗ほど情報が少なくとも最善の判断をするが、よく考えられる狗は時として、不可解な匂いに恐怖し危険を察知する。時計を見る、敵部隊の降下から五十二分。 …『ティーチャー!敵の展開がおかし過ぎる!』  やはり、イリアルが気付いたか。通信士の机に行き、ヘッドセットを受け取ると咳払い。その間に思考する。どれだ、どの言葉を選択すればいいだろう。イリアルの鼻の良さは効きすぎて困る。 「どうおかしい?」 …『防戦ばかりで、まったく展開しないんだ!あたしたちが押しているように見えるけどっ!何か、気持ち悪いっ!』  状況から奇襲戦と考えて間違いない。しかし、敵部隊は展開する事なく固まったまま動いている。相手が戦力をわざと集中させ、別の狙いを持っているのではないか、ということか。さあ、私が発すべき言葉は頭の中のどれだ。 「分かった。各方面に偵察を出す。今は中心部から少しでも外に押す事に集中してくれ!」  通信を一度閉じ。 「それと今は慣れ親しんだ『ティーチャー』ではなく『サー・ハイイロギツネ』とでも呼べ!通信が混乱する!」  そう付け加えるとテントの中に小さな笑いが起きた。笑った軍人は大人と少女に見る微笑ましいやり取りが垣間見えたのだろう。よし、これでいい。ここの連中にも、こちらのペースで進んでいると思い余裕が出始めている。二度、手を叩いて「さあ!集中だ!あと少し頑張ろう!!」と、改めて、私が仕切っているという意識付けをした。さて、次の一手を使おうか。 「空軍北部方面局に連絡!輸送機が使用可能か問い合わせてくれ!」  この混乱に乗じて、ここまで来た。私は十九年間もかけて、この物語の主役を狙ってきた。自身を立てるために脇を固める役者も揃えた。あとは欲しいと願い続けたものは歓声とでも言おうか、それを一斉に浴びるためだけに演じるだけだ。 …………………………  陸軍北部方面局は混乱していた。副首都圏に敵国輸送機の侵入を許し、あろう事か機能中枢である行政区で戦闘行為が行われるという。起きてはならない事態の一報が入ってきてから、この有り様だ。 「揃ったな!では、始めよう!」  我々、北部方面局内に集まった将校たちは副首都が陥落、もしくは行政区が著しく機能を失ったと想定して対応を考える。 「まず各方面局と連絡は取れているのか?」 「全てではありません。首都圏と南方、西側に接触できません」  行政区がある副首都、そして首都圏は機能不全に陥り、陥落寸前と仮定して対応を探らなければならない状況にまで、一時間弱で陥ったのか。注ぎ込まれる一年間の予算に対して、軍人は働いていないと非難されるのは必死だ。まず考えるべきは国境線や国内にもあるレーダー基地から輸送機のような大型機が映ったという報告がなされず、侵入を許したという問題と網が破られた上で想定される二次、三次の波への対応。 「クーデターが同発したのか?」 「未確認ながら将校全員が拘束されたという噂が……」 「ノイズが多く、信頼性に乏しい情報は持ってくるな!」  現時点の情報で見えるのは、敵戦力は機械化騎兵十数騎と軽戦車数輌で展開している。これでは機動性が求められる奇襲とはいえ、効果はごく一時的で限定される。行政区を制圧できたとしても体力はすぐ尽きるはずだ。しかし、そこに閲兵式に参加している陸軍部隊がクーデターを起こしたという可能性を加味し、その戦力を合わせれば北部方面軍が動いても行政区、副首都は最低で三十六時間は掌握できるだろう。あとは公国側からの援軍が来るまで行われる消耗戦を持ち堪え、混乱に乗じた別働隊が進行すれば、@@@@編集中@@@@ 「国境線はどうなっている!?全ての監視所に確認を取れ!」 「行政区の行動は、誰が指揮を執っている!?」 「現在は第三特殊機械化騎兵隊連隊長のアサカ少佐が全指揮を………」 「全指揮だとッ!!?」  クーデター防止の為に陸軍部隊は副首都圏に弾薬を持ち込ませていない。その為、警備には、何かしらの思想に傾倒する事がない少女騎士団に武装させ充てている。アサカ少佐が全指揮権を握っているということは、他の将校は何もしない事を選択したということだ。…………恐らく、将校どもは攻撃行為の阻止が失敗した時の責任を取りたくないだけだ。少女騎士団に任せていれば、最悪、阻止に失敗しても、陸軍の花形である少女騎士団が強い非難を受ける事は考えにくい。さらに、もしアサカ少佐を筆頭に少女騎士団隊長らが処罰されても、あそこにいる誰も痒くない。 少女騎士団の独立性が裏目に出た。 「アサカ少佐から空軍北部方面局に輸送機の問い合わせが出ているそうです!」 「ここを通さず?」  そんな馬鹿な事があるか、権限の行使にも程がある。あの男は現場の将校の痛い所だけではなく、中枢部の思惑がある者、政治家、支援団体、活動家、様々な者の思惑を理解していて、利用しているのか………、 「やる気だ」 「………南方か」  私は先人たちが残したアンティークの椅子に身を深く沈めて目頭を押さえた。アサカ少佐の狙いは、彼の生まれた南方への侵攻だ。まず、民意の舵を切るために閲兵式という派手な舞台を選んだ。世論を南方奪還に向け、政治が動く。彼を利用したい輩は両翼にごまんといて、彼が名乗りを上げれば『英雄』として、南方に向かわせる決定が必ずなされる。それを止めるために、彼の影響を削ぐ為に連隊長や隊長の任を解こうと議会を通せば、最短でも七日はかかる。内部権限を行使しても二十時間、犯罪者に仕立て上げれば別だが無理だ。シナリオに無い。これらの動きを無実にも関わらず行えば、国民の眼は陸軍に向き、場合によって軍の上層部が飛ぶ事になる。さらに南方二州五県放棄措置の容認派、反対派の均衡を失い、彼の『英雄』としての解任劇に陸軍中枢の人間が行政区で行われている事案で疑われ………国民は黙ってはいない。彼を利用したい者が過去の空軍での扱い、経歴や陸軍に入った経緯などを暴露してみろ、軍部批判だけではなく、黙認してきた政府にも疑いの眼が向く。そうなる前に誰かが彼を守りたくなくても守らなければならない。自分たちだけを守り続けるために、舞台の上で回り回って演じた結果、仮面で隠した内側が疑われる。 「どのシナリオでも彼が南方に脚を向ければ、誰も止められんよ」 「誰がどう彼を止めようが飛んで、彼に力を与えるだけだ」  彼にとっての祖国は、ここじゃない。『南方二州五県放棄措置』に則って、引き渡した地にある。さらに言えば、この連邦国が侵攻し隣国を吸収していく前から、あの地に続く名家の出身だ。公国との第三次戦が始まったときに『故郷』のために、仕えたくもない空軍にまで入り狗になった。彼が空軍内で利用され立場を失った時に、陸軍内で肥大化した南方奪還派の動きを見る為に拾い、消えかかった自尊心を再び燃やすために『埋め合わせの名誉と権力』を与えたのが間違いだったのだ。人間の…………復讐心や憎悪を甘くみすぎていた。 「この先、何が起きても彼を責められん。物事はこう動かすのだと教えたのは我々だ」 彼が【物語】の主役に代わるというのか。それとも、元々【脚本】はこうなっていたのか。我々は今後、どう立ち振る舞えばいい? 頭を抱える前、彼を憎む前に、我々を恨むしかない。 ………………………… 少女騎士団 第九話終 Das armee Spezialpanzerteam 3, Mädchen ritter Panzer team 8."Hartriegel" Drehbuch : Nuen Ende.
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