少女騎士団 第十話

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 大通りに仮設された駐騎場の周辺にも、国旗を持った民衆とマスメディアが集まっていた。車を降りる時に改めて覗いたのだけど、ナコの表情が暗く硬い。こんな快晴なのに『雨が降っている時の顔』をしている。 「ナコ、気分でも悪い?」 「大丈夫だよ。リト」 「本当に?」 「うん。大丈夫、だよ」  その『大丈夫』は私に返した答えではなく、自身に言い聴かせているものだ。  昨日、指揮所となっていたテントに入ると、いかに戦闘が混乱したものだったかが分かった。テーブルの上には地図や紙が散乱し、その下では、まだ寝袋に包まり仮眠を取っている兵士もいるではないか。南方二州五県の地図が貼られたボードの前にティーチャーが立ち指示棒で地図を叩く。 「昨晩、議会で南方二州五県奪還行動が緊急可決された。我々、少女騎士団が先陣を切って赴く」  公国側の行動について『条約を破棄する意思表示』だと政府は解釈した。本来、本国中部にある首都圏防衛のために差し出された土地である『南方二州五県』は、昨日の攻撃でその意味を失ったのだ。 「いつかファブが女学校でやってくれたことの本質が見えたな」  ティーチャーが笑う。南方二州五県放棄措置は南方沿岸部から北へ国境線を下げ、その縮めた距離で伸びた兵站を正常化する。さらに戦力の密度を上げることにより、防衛力を強化するために取られた判断だ。しかし、公国は『二州五県』では飽き足らず、我が国の行政を司るここにまで侵攻した。 「南方国境線緩衝地帯までの移動は輸送機を使い、降下後は地上を南下する」 「質問は無いな。以上、解散!」  ブリーフィングの後に与えられた自由時間を散歩で潰すことにした。ナコを誘ってみたが「寝不足だから休んでいるよ」との事だ。 「じゃあ、行ってくる」 「うん、気をつけて。リト」  見送ってくれたナコは明らかに元気がない。車中で交わされたティーチャーとの会話が原因だろうと思う。 『よく似合っている、綺麗だ』  あんな事をティーチャーが思うはずがなく、本心は違う所にあるのだろう。そして、ナコが嘘を見破れないわけがない。彼女が欲しかった言葉が本物ではなく、偽物で投げられた。ティーチャーにとってナコは替えがきく駒にすぎないのだ。士気を上げるのも仕事のうちだ、ああいう嘘も言わなければならない。そんな嘘をナコも重々分かっているのだろうけれど、それでも期待し、傷付いてしまうのだから恋というやつは難しいのだろう。 「恋のような揺れるものではなく、『永遠』に誓われたものに従うべきだ」  そう思いながらも、私の『永遠』にも……少し揺らぎを感じるのは、何故だ。  大通りは物が散乱し、私たちが散らかした薬莢が片付けられずに転がっていた。陸軍兵の「おい、アイドルだ」「あ!?あの娘、ヤマユリ隊にいなかったか?」「話しかけてこいよ!」「写真で見るより可愛いじゃねえかよ!」という会話をかき分けながら進む。くだらない、本当にくだらない。兵士の本分は見た目より上官の指示した距離を全力で走りきり、どれだけ多くの敵兵を殺せるかでしょう。広場に駐騎されたハナミズキ隊の月華を…………私の月華を睨めつけるように立つ『ヤマユリ』の元同僚の姿を見つける。 「ひさしぶり」 「……リ…トッ!!」  ふたりして並び、月華を見ていた。彼女が苛立つ時にする癖は治っていないようだから、彼女は親指の横を噛んでいた。ビル風が強く吹いた時、彼女の乱れた髪で隠れた表情が何か言ったようだ。 「悪い。聴き取れなかった」  聴き返した私の腕を掴み、悪魔の形相で叫ぶ。 「なんで、あんたがここにいるのよッッ!!?」 「任務だからよ」 「はあッ!!?意味分かんないんだけどッ!!?」 「命令でここにいると言った。分からないわけがない」 「さぞかしチヤホヤされたんでしょうねっ!!」  まだ『そんな事』にこだわっているのか。私は課せられた役目を果たしたんだ。あなたが馬鹿にしていた『役目』を果たしただけ。 「なんで私たちが、こんな目に合わなきゃなんないの!?コソコソ隠れるみたいに!!」  彼女たちが搭乗していた閲兵式用に美しくカラーリングされた純白の月華は、人目をさけるようにカバーが掛けられていた。大人が少女騎士団『ヤマユリ隊』のイメージを守る為に表舞台から隠したのだ。 「私がハナミズキに移った理由を、貴女はよく知っているでしょう?」 「何ソレ!?あなたがここを守ったって言いたいのっ!?あなたたちのせいで私は白い目で見られているのよ!分かるッ!?この惨めさが!!」  ああ、分かっていない。彼女は何も分かってない。そんなことを叫び、甘えても仕方がないんだよ。昨日の出来事は閲兵式の演出ではなく『戦争』なんだ。何も分かっていない。沢山の命が海水の中で、冷たい石畳の上で、血生臭い土と泥水の中で、家族にすら見られたくない姿で死んでいくのを知っているのか。まだ死んだほうがましと思えるような、生きることも、死ぬことも出来なくなってしまった同胞もいる。人間が壊れた同胞もだ。その姿や嘆きや言葉にできない声を知っているのか?喚いているだけで、貴女が月華に求める力は自分の為にしか使わないくせに。本来、戦う為に生み出された月華に乗りながら喚く、それを恥じない貴女に…………この街や国が築き上げられる時に流されたであろう、血が染みたレンガを…………敬意すら持たない貴女が……………………踏む脚に怒りが込み上げてきて、血が沸騰し、叫んだ。 「じゃあっっっ!!あんたはッ!!戦地に堕ちた同胞のように!!はらわたを撒き散して戦い死ぬ覚悟があったのかよッ!!?」 「ひっ」 「甘えんじゃねぇっっ!!誰もあんたに振り向かないのは!!その覚悟とそれら困難を共に乗り切る魅力がないからだろッッ!!」  人のせいばかりにして、その持てる力を錆させていくだけ。甘えるだけなら、何もしない方が落胆せずに済むよ。 「ひゅー」  口笛に振り返るとイリアルが満面の笑みで、頭の後ろに両手を組んで立っていた。 「だ、誰よ………あんた…………?」 「ああ。あー、あたし?あたし、リトの友だち」  イリアルが私の肩に手を置き、苦笑いしながら元同僚に言った。 「ま、リトの言う通りだよなあ、お嬢さん?貴女に街を守れる力があるなら投入されてたんじゃないの?」 「わ、私にも……で、出来……」 「聴き分けのないお嬢さんだね。情けない姿になって死ぬ覚悟があったかい?」 「そ、そんな……」 「腹ン中を撒き散らしてさ、親や恋人の名前を叫び続けている声を聴いたことあるかい?」 「…………っ」  ふん、とイリアルは鼻で笑い「無いのか?断末魔ってやつだ。一度聴いてみるといい、すごいよ?」と肩をすくめた。行こう、と、イリアルが私の手を引き、元同僚に言う。 「辺りを見渡してごらん。もう昨日は終わった。お嬢さんは期待に応えるチャンスすら与えられなかった。その意味くらい自分で考えな?」  発電機とコンプレッサ、工具や作業員の声が響く通りを二人で歩く。いつもの日常なら、この街にあるであろう自動車の渋滞も雑踏もない。今、存在するのは近代的な街並みに不釣り合いな硝煙の匂いと弾痕、当たり前のように転がっている薬莢と紅いオイル。そして、何度嗅いでも好きにはなれない動力液の匂いだ。 「リトが怒ってるところなんて、初めて見たなあ」 「そう?」  私は、ただ彼女の理不尽に頭がきただけだよ、イリアル。  …………………何も特別な事じゃない。 「いいモン見せてもらった」 「いいものって?」 「リトの内側に秘めてるモノ……みたいなやつかねえ?」  彼女は、そう言って笑う。 「ねえ?イリアル……まだ私の事、嫌い?」 「なんだい?いきなりだな」 「ん………………いや、特に理由はない」 「まあ…………そうだな……」  空を見上げて考えていたイリアルの眉と眼が意地悪に歪んだと思うと、 「嫌い、大っ嫌いだねーっ。リトの事なんて嫌いだ!言いたいこともあるしなっ!」  そう言って大きく笑う。  ああ、安心した。  私を見てくれている人が、ちゃんといる。 「さっき『友だち』って言ったくせに」  騒音にかき消されると分かっていたから、私らしくない意地悪を言ってみた。 …………………………  ナコが泣いていた。誰の眼にもつかないような路地裏で泣いていた。ボクには分からないんだ。どうして、こんなところで泣いているのだろう?悲しいことがあったなら、いつもみたいにみんなで頭を撫でて、お菓子を…………そうだ、いつもナコがしてくれるように紅茶を淹れて持ってこよう。そして『これを飲んで気持ちを楽にして』って、背中をさすりながら言うんだ。指揮所のテントに入って、コーヒーメーカーの近くにある箱を片っ端から開けて紅茶を探した。 「あらファブ?どうしたの?」 「あっ……えっと、中尉!紅茶っ、紅茶はありますかっ!?」  紅茶の香りは気分を落ちつかされるんだよ、と、いつもナコが言っているからね。 「ごめんなさい。ここにはコーヒーしかないの」 「あっ……うーん。じゃあ、コーヒー……くださいっ」  熱いコーヒーの入ったカップにフタを付けて、溢れないよう小走りで戻る。 「ナコっ」  顔を上げた彼女は眼を真っ赤にして、鼻水も出して、大粒の涙で頬を濡らしていた。 「っ…あ!ファブっ!?」 「あっ、あのねっ!あったかい飲み物持ってきた。へへへへ、落ち着くよ〜」 「ファ……ブ…っ!」 ボクがカップを手渡すと「…………本当…だね。……あ、温かいねっ!」と言って、また大泣きした。  眼と鼻を真っ赤にしたナコがコーヒーの表面を揺らしながら話してくれた。いくら頑張ってもティーチャーの心が傾くことはない。そう分かっていても、ほんの少しでも傾くかもしれないと思ってしまい頑張ってしまうのだと泣く。 「届いちゃだめなのに……」 「届いちゃ…………ダメ?」 「わたしがティーチャーに触れるなんて、あってはならない。指先であっても触れることなんて許されない」  また少しうつむき、つらそうに眼を細めて涙を溜めていく。それを我慢して、また少し笑って「コーヒーありがと」とカップの中を覗くと、また少しつらそうな表情をして笑った。  カップを口元に運ぶ指が、すこし震えていて、つらく困ったような顔をしていたから思い出した。  あ、  ナコは、たしか……  コーヒーが…………、 「温かくておいしい。ファブのコーヒー、おいしいなー……」  ナコの眼から、  光、が。  ナコ、ナコ?ナコ?  コーヒー………大っ嫌いだって…………、香りを嗅ぐことすら、つらくなるからって…………、嫌な思い出があるって…………!  ボク……ボクがナコにやったことって、ナコを追い込むような……、 「ファブ、ありがとう。おいしい、身体が温まる。コーヒー、おいしいなー」 …………………………  月華に乗り込みカウルハッチを開けたままトレーラーで街を移動した。沿道には国旗や陸軍旗、少女騎士団旗を持ったひとで埋め尽くされている。これから戦場へ赴くわたしたちを、どういう思いで見送っているのだろう。 『こちら、ハイイロギツネ。ナコ、敬礼だけではなく手も振ってやれ』 「それは命令ですか?」 『命令だ』 「一番騎ナコ、了解しました」  ティーチャーに命令だと言われれば何だって出来る、裸になれと言われれば、裸になる。死ねと言われれば、死ぬ。あの時、わたしを地獄のような物語が演じられる劇場から救い出してくれた貴方のやさしさに報いなければいけない。貴方が用意してくれると言った新しい台本の登場人物を演じることが、わたしのしあわせだからだ。貴方とわたしの絆は固く、決して変わることのない上官と部下という絶対的な……………強さで結ばれている。  空港に着くと月華に弾薬や食糧などの入ったバックパックとパラシュートが取り付けられていった。大型の輸送機である空軍の空八三式輸送機が何機も駐機されていて、準備のできた隊から順に輸送機へと積み込まれる。貨物室内壁に取り付けられた簡易座席に着座していたファブが手招きをしていたから、その隣に腰掛けた。 「ナコー……?その……えと、け、敬礼っ!敬礼かっこよかったよっ!」 「うん、ありがとう」  相槌を打ちながらベルトを締め上げ、身体を固定した。ティーチャーは約三時間四十分の飛行中に作戦詳細を伝えると言い、自分の席へ向かう。輸送機の六発あるエンジンに順番に火が入れられ振動する機。 …『ッザ!……本機は緩衝地帯上空を通過する。そのため迎撃行動を受ける可能性が高い。その際は………』  滑走路へと続く誘導路を不器用にガタガタと走り、それだけでギシギシと大きな音を立てる燦華と月華を固定するベルトは、この大きな翼によって支えられることになる。 「ナコ」  いつものようにファブが腕に抱きついてきた。不思議だ、本当に不思議。ファブが飛行機に乗るのが怖いだなんて、不思議。この積載重量が許されているのは、六発もあるエンジンに取り付けられた相違反転プロペラによる推進力と主翼を始めとする機体の揚力が、積載重量以上に発生するという理論や計算で成り立っているからでしょう。それを理解できないファブではないのに…………ファブの頭をやさしく撫でながら「大丈夫、みんなもいるから」と本質と離れ、的外れで、意味のない安心を与えた。ファブが「ナコ…………あ、あのね……さっきは、ごめ」と何かを言おうとしたとき、滑走路に進入した輸送機が停止することなくエンジンの出力を最大にして、プロペラを高速に回し、その推進力で地を走る。翼が風を掴まえ、発生させた揚力で上昇すると夕焼けに染まった空に飛び込んでいった。  わたしたちの日常が始まるね。 ………………………… 少女騎士団 第十話終 Das armee Spezialpanzerteam 3, Mädchen ritter Panzer team 8."Hartriegel" Drehbuch : Zehn Ende.
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