少女騎士団 第十一話

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 わたしたちがヴァント攻略のために輸送機から降下した戦力は、戦車十六輌、北部方面軍所属の機械化騎兵が月華と燦華を合わせ三十騎で構成される少女騎士団八部隊で行われた。 『こちらハイイロギツネ!各隊、弾幕を薄くするな!撃ち続けろ!』  ヴァントの前には行政区の空に降った敵の新型機械化騎兵、通称名【ヤマネコ】が展開していた。ヤマネコも月華のように機動性が高く、素早いうえにマシンガンや一二〇ミリメートル以上あるであろう、大口径ライフルを使い分けながら縦横無尽に動く月華と性格が似ている騎体だ。月華と兵装選択も似ている時点で、戦術的な優位性位が相殺された。この場合、考えられる相違点は攻守の差だ。相手は守るしかない。つまり激しく展開できず、大きな地図の上では磔になっていると見る。それをどう理解し、思考し、活かせるか。ヴァントと連携して動くヤマネコの激しい攻撃は、公国軍側が設置していた対戦車・対機械化騎兵止めを遮蔽物に隠れて凌ぎ、この高低差のある特異な地形も活かす。 カッ!ドカッ!カラッ!カカカカッッ!!!  乾いた音ともに削られていくコンクリート。その影で、わたしはロングレンジライフルを用意して、遮蔽物から飛び出しトリガーを引いた。 ガンッ!ガシャッ、キンっ!  騎体に伝わる衝撃が、身体を固定した座席やベルトから伝わり、破裂音が鼓膜を叩く。ロングレンジライフルから飛び出した弾頭が向かう先で、ヤマネコの右腕付け根付近に着弾し、部品の一部が飛び、パイプラインを切ったのだろう、白濁した動力液と紅いオイルを撒き散らしながら、騎体が揺れた。一瞬でも動きを止めれば、ここでは暴れるだけが存在理由になっている弾丸の餌食だ。他隊の月華から放たれた弾丸の雨にさらされ、踊りながら穴を空けて、火を吹いた。 ズッ、ドッ!!  ヴァントからの砲撃で炸裂した砲弾が強い衝撃を与え、激しく身体が揺さぶり、モニタにノイズが走る。着弾のときに舞い上がった土の塊が、頭上からドサドサと落ちてきて、それが何かに見え、わたしに砲弾が直撃したらどうなるかと想像してしまった。こんなちいさな身体なんか存在していなかったみたいに、跡形なく無くなるんだろうな、と思うと笑えてくる。  そもそも、しっかりと捉えられ、正確な入射角で叩く大口径砲弾にとって、月華の装甲なんて、紙みたいなもんだから受け止めきれるはずがないもん。いままで、偶然がかさなって助かっていただけだもん。 …………………………  鬱蒼とした森が弾丸や火薬の炸裂、それら火器を使用した熱で樹々は燃え、火災となって明るくなっていた。あたしはハナミズキの連携の為に飛んでくる通信に耳を澄ませ、思考しながら月華を駆っているのだが、リトとファブ、そして、ナコ、つまり、あたし以外、みんなの思考、行動がおかしいと思い気を取られていた。一瞬の防御や最低十手先の展開までは考えるようにしているのに、頭が回らない。…………もともとナコはティーチャーに従順ではあるけれど、今は『押し続け、ヴァントに届くまで圧力をかけ続けろ』と言われたままの行動だけをしている。この敵戦力、戦況の前で、いつもの姫がするような考えじゃない。ただ、言われるがまま浅く思考し、前へ、前へ、進んでいるだけだ。そして、さらに問題なのが、あたしの前面を任せゆくファブと背中にいるリトだ。ファブが戦場で飛び込みたがる性格なのは知っている。だけど、この『圧力をかけ続ける』だけなのにも関わらず、無意味に飛び込んでいこうとする。彼女の性癖からくるこれらだが、本来なら戦力や戦況を把握し、攻守がどちらで、どちらが有利か、自分が食い込むべき距離はどれくらいなのかは測る。…………なのに、それを考えず、リトのひと言で動いてしまうのが、妙だ。あの黒髪ロング…………あたしが最後の最後まで『いやに壁を作る女』だなと思っていたが、これが本性か? …『ファブ、一三時方向五〇メートル先の窪みへ走って』 …『りょーかい!リトおねえさまっ!』  くそ、まただ。また、そんな安直な指示を出して!今、飛び込んだら…………、死ぬぞ!? 「ファブ!止まれっ!止まれって!!そこにいてろッッ!!!」 …『えええっ!?イリアルっどしてっ!!?』  相手は守り続けるだけだ、しかも、こちらを『必ず止める』ために配された要塞だから兵士に逃げ場はない。現時点でリスクを背負ってまで、こちらから飛び込み、混乱を狙わなくても、押し続ければ、綻ぶ。月華を窪みに退避させ、ガトリングガンのドラム式弾倉を交換しながらリトに呼びかけた。 「なあ?リトさんよ」 …『何、イリアル?』 「ファブに何をした?」 …『こんな時につまらない話ね』 「何したッて、聴いてんだよッッ!!!!」  おかしいだろ、こんなの。確かに、ずっとファブはリトにべったりだ。部屋も一緒で頼りにもしている。制服のネクタイや身だしなみもリトが見ている。ただ、ここ三ヶ月の彼女らの関係は、仲間から主従関係になりはじめているように思っていた。ファブがナコに想いをよせ拒否され、あたしがリトにすこし心を開いた辺りから徐々にだ。リトは……あたしたちの心が、自身に向くのを待っていたのか? …『とくに何もしていない。私の言う事を喜んでファブが聴くだけだ』  あたしの鼻のよさも舐められたモンだな。……リトの言うことに尻尾をふって、死ににいくようなことをするファブなんて、おかしい。絶対に。これ以上はファブに手を出させねえ。パイロットヘルムに取り付けられたスピーカーから、リトの小さく鼻で笑うような吐息がノイズで聴こえた。 「ファブがアンタの願望で殺されるまえに止めてやるさ」 …『もうファブは飼われているというのに。馬鹿ね』 「狂人が!」 …『可笑しい。私たちとティーチャー、その関係と一緒でしょう?ファブにとっては、私も『主人』なんだよ』  本性を出したな、この女。だから、好きになれなかったんだ。何かがおかしいのに、何も考えられなかった。それが気持ち悪かったから、リトに心を許すことはしなかった。こんな事が起こっているのに、いまも感情が……、 ドッ!ンッッ!!!!!  月華の後方で砲弾が炸裂し、吹き飛ばされた。激しい衝撃に揺さぶられ、何度も操縦席に頭を打つ。砲弾の破片が装甲に穴を空ける音を聴いた。 「だっ!がッ……ッは!!」  鳴り響く警告音、ボヤけた視界に光る点がみっつ、いや、よっつ。チカチカと光る点がふたつ。ドサドサと月華の上に飛び散った土が落ちて、音を鳴らす。耳元のスピーカーがガーガーとノイズで叫び、眼球の裏側までもが、不快に撫でまわされるのだ。こんなのにもノイズが入るなんて、月華の背面左側上方に取り付けられた通信アンテナが折れたのか……?そもそも、まだ動くか?この警告音、光の点滅はなんだったっけ?ああ、発電用のディーゼルエンジンが緊急停止したのか。焦点の合わない世界を、左手がイグニッションレバーを探して、宙を掻く。 …『ザッ……今、そんなつま………ことを話し……からよ。…………ら死ぬ、そう身体に叩き込まれ………しょう?』 はー、はー、……気が、遠く。やばい、落ちる。なんだっけ、なんのはなしをしていたっけ? …『ほら、イリ……立ち上がら………撃ち抜かれるわよ』  そうだ。あたしは戦場にいて、後発の本隊が来るまでにヴァントの一点に穴を空けなければいけない。くそ、喉が渇く。水分を摂らないと……水筒は…………どれくらいの距離を月華が吹き飛ばされ、何回転したかもわからない。激しく三半規管がやられ、どちらが『上』で、どちらが『下』かもあやふやだ。頭が……脳震盪だ。水筒を何度も掴み損ねながら、どうにか唇に寄せ、下品に、がぶがふと、飲む。成分が調整された液体は吸収率が高く、月華のような機動兵器を操縦する上で役に立っていた。喉が乾くくらいの肉体的なストレスもパフォーマンスを落とす要因になるから、あたしたちには定期的に水分補給が課せられていた。  やっぱり、すごく喉が渇いていたんだな。身体中に染み渡っていくのが、よくわかる。身体がじわじわする、頭がクリアになっていく…………あたしとしたことが、こんな最低限課せられた体調管理を忘れるなんてなあ。  だけど、どうしてこの水を飲むと……こんなにも思考がクリアになるんだろ。………まあ、いっか。疲れも忘れるんだし。 …………………………  ヤマネコの部隊がヴァントからの支援を受け、広く展開し始めた。ふっ、と小さく息を吐き、遮蔽物から飛び出すとガトリングガンで牽制をしながら、次の遮蔽まで横方向に移動する。ヤマネコが反応し放たれた弾道が焦りながらも、わたしの騎影を捉えようと追いかけ地面で跳ねた。こんな戦火で生き残っていた草木を弾き飛ばして、土を抉り、その先のわたしを求めるように這う。遮蔽物まで一五メートル。走り来る弾丸の雨に濡れず、届くか? 「ふ!あっ!!」  月華の脚部人工筋肉を縮め、大地を踏み抜くことのない出力を出すための操作を行った。縮まった人工筋肉が解放され、弾けるように伸びた力で地を蹴り岩に向け跳ぶ。遮蔽物までの最短を考えただけの機動だったから、バランスを崩し、左肩部から着地した。直後、岩が削られ、砂埃が爆ぜ舞う。体勢立て直し、岩に背をつけて、大きく息をしようとした瞬間。 バ!ガンッ!!!  後頭部を衝撃が打ち、脳が揺れ、鼻から鉄の匂いがする鼻の奥が、つーん、として、痛み、そして、眼球の奥から押されるような感覚に眼の前が眩む。月華が前のめりに吹き飛び、沢の中に落ちた。 「かひゅー、ひゅー、ぐふっ、おえっ!」  頭の中がぐわんぐわんと回り、気持ちが悪くて息ができないうえに、耳が鳴り、聴こえにくくて、吐き気がする。吐き気や痛みに、身体が過敏になっているからつらい。状況把握すらままならず、無我に情報を集めようとするが状況がわからなくて、不安だけでできた世界だと知る。涙と鼻水、よだれを垂らしながら「かはっ!けぇっ!」と咳をするように、吐瀉物が搭乗着やコクピットを汚していく。作戦前だったから、少ししかお腹には入れてない。それでも大きな衝撃を受けた脳が、身体が『気持ち悪い』のだと反応して、何も入っていない胃から何かを吐き出そうとする。冷や汗、いくら呼吸をしても足りない酸素。回復していく視界と聴覚の向こうでは警告灯が光り、警告音が鳴り響いていた。 『……!…コッ!!大……かっ!!』 「…?…革靴の…音……??」  ぼやける視界に見える前面モニタは、全面が明るく光っていたからカメラが壊れたか、外が暗いのだと判断した。涙で濡れた眼だけを動かし、側面モニタを確認する。画面の半分が光に浸かっていて何も見えず、浸かっていないほうの世界に…………、 この劇は楽しいか? 「…わ、わたしを…助けて!」 【兵士C】「こっちだ、こっちの部屋に【ルード】が待っているよ!」 よく耐えたね。あの劇は終わりだ。 「いやだ!……やめッッ!!!!」 【兵士C】「死にたくないだろうっ!!?」 「…たす…っ…け…て………!いやだっっ!!!」 嫌な思いをするまえにおいで、私が助けてやる。 ここから先は私との…………だ、心配ない。 不機嫌そうな微笑みがわたしを見つめていた。 『ナコっ!!無事かっ!!私の声が聴こえるかっ!!!』 「ティー……チャー…?」 『ナコ!?ナコッ!!?大丈夫かっ!!??怪我はないかッ!!??』 え、あ。ティーチャーが。 『ハナミズキ隊全騎、ナコを確保する!援護に!』  大好きな不機嫌そうな表情をした貴方が、わたしを守るために飛んできてくれた。貴方は、わたしの、つらい、つらい、物語に現れた王子様だからね。 私に付き従え、ナコ。 そう、あなたが言って、 はい、ティーチャー。 こう、わたしが答えた日から、  わたしは貴方とともに歩き続け、貴方のために壊れるまで戦うと誓った。それが、わたしのしあわせな生きる意味だからね。新しい物語でしあわせは、自分でつかむものだと教えてくれたでしょう。  吐き気がし、眼がまわり、ぐらぐらする心許ない頭で計器を確認する。どの値も正常な値だ。恐らく直接被弾はしていないし、破片が騎体内部の部品に損傷を与えたりもしていない。ペダルを踏み、モニタや計器で測る地形に合わせて操縦桿やペダルから細かく入力した。 『大丈夫か!ナコッ!!』 「かっ、はっ!……は、はいっ!!」  頭が痛い、月華のちいさな振動で脳が揺れるのがわかる、気持ちが悪い、ティーチャーが心配してくれている、吐き気が止まらない、ティーチャーが盾になり守ってくれている、手が震える、脚が震える、ティーチャーが叫ぶ、わたしを心配し、力になれと、わたしを求める声が聴こえる。 わたしの名前を呼ぶ。 わたしは貴方の…………でしょ。 わたしは、まだ戦えますから、どうかお願い。 わたしを、わたしを、わたしを、 まだ、そばにいさせて? …………………………  ヴァントへの攻撃を始めて八時間半。地形が変わるくらいに砲撃の嵐が続いた。草樹は燃え、岩や大地をえぐり、削られ、何もかも吹き飛んだ。東西に四〇〇キロメートルにも及ぶ要塞だ。苦しくとも、辛くとも一点に戦力を集中して圧を加え続けないといけない。『ここはダメだと』と言って、別の場所を攻撃しても、それは『やり直している』だけ。四〇〇キロメートル全てを潰すことは出来ないから一点に戦力を集め、相手が疲弊するまでやる。一瞬でいい、隙を見せてくれれば近くまで走り込み、ひとつの区画を叩けば連携している他の区画の機能が麻痺、断絶され大打撃となる。わたしたちとヴァントの間にいるヤマネコの部隊は、常にヴァントからの支援を受けながら動いていた。これを逆手に取り、こちらはヤマネコごと前線を押し上げようと展開していく。装甲の薄い月華にとって、弱みである大口径の砲弾は、ヤマネコの近くに撃ち込めないから、ヤマネコの存在を盾にもできた。抉れた大地を走りガトリングガンを撃ち続け、一ミリメートルでも深く戦線を押し込んでいく。砲撃で出来た穴をひとつを跳び、岩陰に入った瞬間に激しい集中砲火を浴びた。削られて、砂煙を上げる岩。相手がこちらに集中している間に他騎が上がっていく。 …『姫ッ!あたしに狙いが向いたら、また走って!!』  イリアルが叫んだ。岩の後ろに着弾する弾幕が薄くなっていき、イリアルや他部隊の月華に狙いが変わったのを見て『走れ!姫っ!!』の声に、再びガトリングガンを撃ちながら距離を詰めていく。届くか、走り、姿勢が暴れる騎体から出るバラけた弾道に、的確な射撃なんて期待はしていない。この叩きつける雨のような弾に『当たるかもしれない』と思わせることが充分な価値なのだ。届きそうな距離まで近付くと、背中からランスを引き抜き、前へ突き出して、姿勢を低くし、ガトリングガンを撃ちやめ、ヤマネコの視界から消えてやる。脚部人工筋肉を思いっきり縮め、一気に伸ばして解放した大出力は、操縦席の下からお尻をドンッ!と突き上げ、跳んだ。  二〇メートルと少しの空の高さ。焼かれた樹々には、もう森なんてものの面影はなく、枝と幹だけが無意味に立つ、灰に廃れた死の大地。薄暗かった朝が、お昼になり、頭の上に太陽が輝いて、黒煙がまとわりついている。  高度が上がりきり、次に浮遊感を覚えたあと、ドンッ!!と真っ黒な大地に落ちて、煙たく薄暗い現実に堕ちる。わたしたちが歩いていく大地は、こんなにもね………………、 カギュッ!!ギリリリリリリリリリリリンッ!!!!  月華のランスでヤマネコを突こうとすると、それを逸らすためにヤマネコが出したソードとの金属同士が擦れ、火花を散らして、不快な音を立てながらランスの軌道を変えた。前面のモニタに映るヤマネコのカメラ、その奥にいるパイロットは同じ顔をした、わたし?  左手、操縦桿と左脚が反応して、衝突しそうになった月華とヤマネコの間に左脚部を立てて蹴り飛ばしていた。ガンッ!!と弾く衝撃が伝わる強い減速度は、首を折る勢いで作用する。ヤマネコが両手脚を広げ、後方に飛び、わたしはその騎体にレティクルを合わせた。 戦場に来れば、必ず雨が降る。 それは、透明なのか、紅いのかの違いだけだ。 「わたしは雨が嫌い」 ………………………… Das armee Spezialpanzerteam 3, Mädchen ritter Panzer team 8."Hartriegel" Drehbuch : Elf Ende.
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