少女騎士団 第十二話

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 朝食をハナミズキの四人と家族の四人、八人で頂いた。昨日、ファブに飛びかかった看板犬のドーゼンが彼女から離れない。それどころか、わたしたちがここを発つのがわかるのか、不安げな表情で鼻をピスピスと鳴らしている。食事が終わるとおばあさまが、わたしたちにちいさな花の飾りが付いたアクセサリーを手渡してくれる。 「これは……ベゴニアですか?」 「あなたは花が好きなの?」  ベゴニアを模ったちいさなそれ。きらきらしていて、透き通っているから、みんな天井にかかげ、口を開いて眺め見ていた。 「はい、好きです。でも育ててはいません。ながめるのが好きなだけです」 「そう……。お嬢さんたちは『ハナミズキ』でしょう?それではあんまりだから。せめてと思ってね」 「花言葉は国や地域によって違います。それにわたしは………」 「違うはずの言葉や文化でも、何故か同じものがあったり、似たようなものがある。  私たちは繋がって、生きているんだよ」  おばあさまが、わたしの両手を包み込むように握り「いつまでも、あなたたち『未来』が争っていてはいけない。私たちは分かりあうために生まれてきたはずだから」と、涙を流しながら包む手に顔を埋めた。そのときに手に落ちた涙の感覚が、ずっと残っている。月華のカウルハッチを閉めて、現れる暗闇の一秒間。今日もそこに何かを描写しようとするのだが、画が浮かぶ前に紅い照明が点る。 「いつまでも争っていてはいけない…………でも」  憎しみは連鎖していくものだという。争うことをやめようと憎しみを我慢するひとが、この世界に何人いるのだろう。たくさんのひとが『憎まない』ことを選ぶくらいに人間はやさしいのだろうか。 『こちらハイイロギツネ。ハナミズキ隊各騎へ。聴こえるか』 『四番騎ファブ、聴こえるか?』 …『聴こえるよっ』 『三番騎イリアル、聴こえるか?』 …『聴こえまーす!』 『二番騎リト、聴こえるか?』 …『はい、聴こえます』 『一番騎ナコ、聴こえるか?』 「はい、ティーチャー」 『よし、移動開始。移動開始だ』  わたしたち少女騎士団は『憎しみ』を持たない。誇り高き少女騎士団としての心を持っているからだ。だけど、相手も『憎しみ』を持たないなんてことはない。今から、わたしたちは、どこまで新しい『憎しみ』をら広げに行くのだろうか。どこまで行けば戦争が終わるだろうか。どこまで行けば、同胞たちが苦しむことのない日が来るのだろうか。  コクピットに付けたベゴニアの飾りが輝いている。 『各騎へ。目標地点を伝える…………』  その不機嫌そうな大好きな声で、次の『憎しみ』を植え付ける場所が伝えられた。 …………………………  町を出て二十時間。わたしたちは大きな川を越えようとしていた。丘の上から見る川は東西に幅が約二〇〇メートルあり、両岸には小さな町を構えていて、月華や燦華が充分に渡れる橋がかかっている。問題は、その『橋がかかっている』ということだ。わたしたちが躍進し、ヴァントまで陥した。さらに南下を続け、各地域でちいさな抵抗がある状況下、ここまで侵攻される予測をしなかったはずがない。後には歩兵や戦車隊が続くと想定し、公国が抵抗をしない選択をするというのが不思議でならないのだ。 …『少佐、罠でしょうか?』 『そう考えていいだろうな。ナタル中尉、三隊を率いて動けるか?』  ティーチャーとナタル中尉の予想も『罠』だ。地理的にも、ここまで奥に誘い込み兵站を伸ばして、叩く。わたしたちは後退するのにも不利な丘が後ろにあるから逃げ場が限られ、押し返しながらも効率的に戦力を削っていくことができる。だとしたら、橋を渡ったときに行使される武力はきっかけ作りだ。橋脚に爆薬が仕掛けられているか、対岸の町や向こう側の谷に機械化騎兵や自走砲が隠されていて、狙っている。こちらから仕掛けるとするならば、橋は使わず、川に入り、素早く渡るしかない………だけど、川底の情報がないなら不用意に月華で川に入るのは危険だ。やっぱり、歩兵隊、戦車隊が追いつくのを待ってから………、 『こちらハイイロギツネ。ハナミズキ隊へ。橋と川に分かれ、出来うる最大速力で対岸まで渡れ』 「え?」  いま、ティーチャーは、  わたしたちに『囮』になれ、って言った? 『以上、質問はないな』  きゅっ、と唇を噛み、視線を落とし、太ももを睨む。  何かが、いつもと違わないか。  わたしのなかで、何かが、何かが、いつもと違い、  溢れた。 「ティーチャー!わたしたちに囮になれとッ!?」 …『おいおいっ!ナコっ!?どうした!?』 「イリアルは黙ってて!ティーチャーっ!?答えてください!」 『そう言った。ハナミズキを囮に他隊で索敵、発見次第撃破する』 「今までわたしは何も言わず、貴方に着いてきた!それなのにっ!」 『では聴く。他にどの隊が相応しい?他にどのような対案がある?』  ────あ。  どうして、わたしたちが速度を持って侵攻を続けたことを考えなかったんだ……。最初から電撃戦だと聴かされていただろう。南下する途中に川があるって想像ができたし、こういう抵抗も考えられた。わたしが作戦に意見をする、それだけの案があるか?わたしはわたしに都合の良いことだけを言っていないか?ここを突破する部隊にキンモクセイは新人ばかりだから経験がない。もし、攻撃があった場合、脚を停めてしまう可能性があるから不適任だ。ノウゼンカズラは機動性に重きを置いた運用はしていないと聴くから適任じゃない。ハルジオン、ゲッケイジュ、ヒナゲシはナタル中尉の担当。  わたしは、この連隊の指揮官じゃ、ない。 …『姫、この中で機動性を持つ隊はあたしたちだ』 「でもっ……これじゃあ…………」 …『大丈夫、私たちは大丈夫』 「イリアルとリトは納得しているの……?こんなの…………」 …『ナコー?ボクたちが信頼されている証拠だよー』 「でも…………ファブはこんなのでいいの?」 『私の隊に理由なく恐怖で「出来ない」とだけ言う者はいらない』  あっ、えと。そんなのではなくて。  わたしは、わたしは貴方のそばにいないと、  その…………わたしの生きている意味が、 『ファブ、イリアル、リト、下の町まで移動だ』  わたしの手を引く貴方の手が、するり、  いやだ。  わたしは貴方に導かれていないと、  うまく呼吸すらできないの。 「ティーチャー、すみませんでした。  疲れているのだと思います。  感情的になってしまいました。  お願いします。わたしも行かせてください」 『………各隊へ』  伝えられた作戦は、ナタル中尉が率いる第三騎士団ハルジオン隊、第四騎士団ゲッケイジュ隊、第五騎士団ヒナゲシ隊が丘の樹々に隠れながら攻撃対象をは探しながら、突破口になる地形を探す。ティーチャーが率いる第六騎士団ノウゼンカズラ隊、第七騎士団キンモクセイ隊は見える範囲での動きを注視した攻撃対象を索敵。そして、わたしたち第八騎士団ハナミズキ隊は川を渡り、相手がどれくらいの戦力か、また相手の出方を見るための……斥候、囮となる。 『ナコ。私も感情的になってしまった。すまなかった』  貴方は、わたしの、 『ナコ……生きて帰ろう』  また、そうやってやさしく、する。  丘を下り、町に入ったのだが民間人は避難していて、物音ひとつしない静かな空間が広がっていた。一五三六時、まだ空は明るいが山の稜線で太陽の光が遮られ陰った通りを、ゆっくりと川に向け前進する。一度も戦闘が行われずに放棄された町は何もかもがきれいだから、まるでひとが、ぱちんっ、と、鳴らされた指で消えたようで不気味だった。 …『私たち以外は星から消えたみたいね』  いつもの調子でリトが言う。でも、もしそうならば、しあわせなことなのかもしれない。憎しみは連鎖をして、また争う。だから、憎しみを止め争わない方法は………ひとにとって、ひとがいなくなるのはしあわせなんじゃないだろうか。いま、わたしが感じているどうしようもない寂しさが対価になるなら、わたしひとりの犠牲で………………いいや、この星で生きるなら貴方がいないと生きている意味がないのに、こんなこと考えるなんて、やっぱり何かが変だ。月華の歩行ピッチに合わせて、ぎっ、ぎっ、と軋む音が響き、きらきらとベゴニアの飾りが揺れた。角を曲がろうとするたび、その先で『歓迎』の準備がされていないか停止して注意をする。@@@@編集中@@@@ …『本当に不気味だなー。ホントにあたしたちは変なトコに迷い込んでないか?』 …『い、イリアルもっ!怖いこと言っちゃダメ!』 …『はいはい悪い悪い。相変わらずファブは怖がりな』  建物の間、この通りの向こうが明るくなっている、川だ。 「川に抜けるね………」  停止し、再度確認。 …『ボクは橋の左側五〇メートル、川の中を走る』 …『あたしは右側だ』 …『私は後方からロングレンジライフルで援護と防衛』 「わたしは橋を渡る」  わたしは橋の上を走って向こうにいく。川を三人で渡るなんて、本当に的、だからね。  それぞれ装備の準備と確認をした。わたしはガトリングガンを主装備でいく。補給をしてから、ここまで戦闘がなかったから弾倉のなかに心配はない。操縦桿のトリガーに軽く引き、ちゃんとモーターが砲身を回すか確認した。 …『なあ?この作戦から寮に帰ったらさー』 …『イリアル、こんな時に何?』 …『まあ聴きなって、リト!』  また、いつかみたいに娯楽室にお菓子とか雑誌とか持ち寄って、みんなでワイワイしよう。ちょっとリトに話もあるしな。また、みんなで雑誌を見ながら服を選んでさー……今度は、ちゃんとティーチャーに頼んで休みの日にさ、ホムラ中尉の車で服を買いに行こう。 …『ふふっ、あの車?うるさかったね』 …『リトは後ろに乗ってないだろ!後ろは、もっと酷いんだぜっ!』 …『今度はボクが前に座りたいよっ』 …『姫……?なあっ、ナコも行こうぜ?』 「そうだね、楽しそう。楽しみ、だね」  わたしたちは、はじめて、怖い、を共有した。だから、こんな意味のない約束をする。戦場でする約束は必ず守ることなんてできないから、無価値、なんだけどな。  約束が守れるか、守れないかは弾丸や爆薬だけが知ってるよ。 「ほんとうに楽しみだなあ」 …『……ごめん。なんか』 …『謝るくらいなら、もう行こう』 …『ボクたちはここまで来たよっ!大丈夫!』 「行こう」  わたしたちは少女騎士団。戦場を駆ける乙女の騎士、死神なんかじゃない。守護者で、  ただの女の子だ。 …『こちらハナミズキ隊リト!ハイイロギツネへ!準備が整いました!』  ぎゅんっ!ぎっ、んっ!月華がこれまでにない大きな音を立てて軋んだ。放棄された車の上を跳び、橋の上に着地する。またペダルを強く踏み、脚部人工筋肉へ『最大出力で前に蹴り出せ』と命令した。さあ、対岸までの二〇〇メートルを真っ直ぐに、走れ! …『ナコ!イリアル!ファブ!あなたたちは大丈夫だ!必ず、私が守るッ!!』  はじめてリトが叫ぶのを聴いた。左右のモニタにはイリアルとファブの月華が、水飛沫を上げて川の中を進む姿を映している。 …『意外と川底が硬いっ!思っていたより走れるなっ!』 …『うにゃーっ!にゃ、にゃにゃにゃーっ!』  ひとつの丸いオレンジ色がわたしに向け飛んでくる。来た、迎撃だ、と思ったときにはペダルを踏んでいて、ドンッ!とお尻を下から突き上げる衝撃は人工筋肉が橋を蹴り、月華を空中に放り上げたということ。バンッ!と丸いオレンジ色が橋に当たり眼下で橋が砕け散った。 「ティーチャーッッ!!!!」  援護を叫ぶ。 『全騎!ボサッとするな!ハナミズキを援護!!』  丘の上からわたしたちを避けながら走る光。ドンッ!と、また橋の上に着地。いくら人工筋肉やショックアブソーバのダンパーが衝撃を吸収するといっても痛いものは、痛い。 「ぐ、あっ!けはッッ!!!!」  叩きつけられた身体、耐えきれず空咳と唾液を吐き、涙が飛ぶ。モニタ前方を睨み、緩めぬ速力。走りながら撃つガトリングガンの弾頭なんて、こんなにもバラけているんだ、当たるはずがない。でも、向かってくる砲弾に対して、少し、ほんの少しだけ、防御的な意味も持つ。 キュ!イッ!ヴヴーーーーーーーーーーーー!!!!  弾丸と薬莢が散る。対岸からの弾幕が思ったより薄い。相手は何を考えているのだろう、川の中にいる今が叩くためには都合がいいんじゃないのか?  あと一二〇メートル。 ヒュッ!…………ィイーーー………  リトが撃った弾がわたしの月華の近くを通り、切り裂く空気の音が耳に届いた。対岸で土煙が上がって耳元のスピーカーからリトが叫ぶ。 …『ナコっ!!跳んでっ!!!』  鼓膜から入った言葉の意味を脳が思考し、理解するより前に身体が真意を導きだして反応していた。川に向け月華を投げ出す。跳んだ直後、橋が真っ赤な火球と気体の膨張に包まれた。いくら小型化された機械化騎兵とはいえ、車と比べれば月華は重い。その月華が爆発の衝撃で押され、空中で揺さぶられるのだから、どれだけの火薬が使われた砲弾だったのか想像するに容易い。川に左脚部から着き踏み止まろうとするも、あの高さから落ち、片脚だけの出力では足りずに警報音が鳴って対抵抗値計と出力計の針が振り切れる。リミッターが作動し出力を失った月華がバランスを崩し、川の中に倒れた。 『大丈夫か!ナコっ!!!』  誰かが心配してくれた。  わたしを心配してくれているひとがいる。  ほんとうに、もう、  涙がでるくらいに、うれしいんだよ。 ……………………  対岸の川辺には、やはり低仰角で撃てる自走式カノン砲と軽戦車が合わせて六輌が配備されていた。何故、こんなに少ないんだろう?機械化騎兵もいないから、ここまでわたしたちが距離を詰めてしまえば、ただの的だよ。 …『ヤマネコがいるっ!!』  こっちが本命の迎撃隊なの?でも、わざわざ川を渡らせてから?確実に狙える場面を無視してまで採る作戦じゃない。黒いヤマネコの影にガトリングガンの射線を向けた。 キュ!ヴーーーーーーーーー……ィイイイーー……ンン………… やはりヤマネコは動きが速いな。行政区での戦闘みたく、かなり距離を詰めていないと厳しい。 「イリアル!ファブ!ヤマネコは詰めなきゃダメだ!」 …『うっし!わかった!弾をバラ撒いてくれっ!あたしとファブで上がる!!』 …『あっは!またヤマネコと遊べるようっ!!』 …『いい狙撃ポイントを見つけた!私はそこから援護する!』  わたしたちは言葉以上につながっているはずだ。ハナミズキとして何をすればいいか、何をすれば最善か、浮かべた作戦を言葉以上に理解して、動ける。わたしたちは仲間なんかじゃない。 友だち、うん、友だちだ。 義務以上につながっている、友だちだ。 「行こう。わたしたちは大丈夫。  そして、生きて帰ろう」 わたしたちは少女騎士団。 乙女の騎士。 その前に女の子。 そして、みんな友だち。 ………………………… 少女騎士団 第十二話終 Das armee Spezialpanzerteam 3, Mädchen ritter Panzer team 8."Hartriegel" Drehbuch : Zwölf Ende.
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