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少女騎士団 第四話
少女騎士団 第四話
Das armee Spezialpanzerteam 3,
Mädchen ritter Panzer team 8."Hartriegel"
Drehbuch : Vier.
…………………………
……じゃないよな?違うよな?
そうじゃないと、あたしは………、
だけど、なんだ?この感情と感覚は?
これを……どう説明するんだよ?
…………………………
『こちらハイイロギツネ!射撃班!射撃開始、射撃開始だ!各二射!』
ティーチャーの声が耳に心地よく響き、そんなことをあたしたちが出来ないと分かっているくせに『外すなよ』と注意した。計器を確認、コンプレッサ、動力液の脈動、流速度、圧力が安定していることを確認して、大型ロングレンジライフルのコッキングレバーを引く。正常に弾倉からチャンバーに弾が送られると、計器盤のランプが光り、人差し指でトリガーに軽く触れて、精密射撃用スコープを覗いた。息を整え視界に集中、望遠のレンズ、深度に揺れる景色。大きく息を吸って、ゆっくりと気体を吐いた。
ふー…………ぅ。
スピーカーからリトが機嫌のいい時に唄う鼻歌が聴こえてくる。
…『ふーん♪…ふふん、ふふふーん♪』
すー……すー……すー…………っ
ふー……………………、
カチンッ!ガンッッ!!!
大型ロングレンジライフルのストックとグリップを通じて月華に射撃の衝撃が伝わり、マズルブレーキから噴き出た燃焼ガスに反射した光が、大きな翼のように広がった。薄紫の煙を吐き、布製の排莢受けに薬莢が落ちる。長い砲身から飛び出た弾頭が目標に向かって長い滞空時間、弧を描き、スコープの中で土煙とコンクリート片が弾け、飛び散った。
…『イリアル騎第一射、対象に着弾。着弾誤差無し』
コッキングレバーを引き、第二射を準備。
バガンッ!!
左側から響いた音はナコの第一射目。
…『ナコの第一射っ!対象に着弾したけど誤差上方一五〇センチメートル、右二〇〇センチメートル!ナコっ、おしいっ!』
ノイズに混じったファブの声が終わったから、次はあたしの番だ。
…『イリアル。オーケストラのように優雅で耽美に陶酔するようにいこう』
リトが力強く言うのだが「は?どういう意味だ?」と、複雑な表情をしてしまう。そして、また鼓膜からリトが鼻歌で唄う心地のいい音階が入ってきて、頭の中を揺らすのだ。思い出した。この曲はリトが寮の娯楽室でひとりのときにレコードで聴いている古典音楽だ。
カチンッ!ガンッッ!!!
三度目の煙が屋敷から弾け上がる。
…『イリアル騎第二射、対象建物に着弾。誤差上方一〇〇センチメートル、右五〇センチメートル』
バガンッ!!
…『ナコ!ど真ん中に着弾っ!』
『こちらハイイロギツネ。撃ち方止め、撃ち方止め。作戦の第七項を終了、本作戦を終了する。まあ六十点といったところだ。各騎、撤退準備!』
六十点……、はあ、六十点か。あたしはティーチャーの求めるものに、応えられて………いない。
…『イリアル、大丈夫だよ』
「え?」
…『あなたはよくやったもの』
リトのこういうところも大嫌いだ。同い歳なのに、お姉さん風を吹かす感じが、上から見られているようで気に食わない。ゆっくりとリトの乗る二番騎が立ち上がるとギリースーツが揺れ、付けられた『葉』のいくつかが落ちる。
…『出来るのよ、イリアル。あなたは出来る』
うるせえ、そうやって上から言葉をかけるんじゃねえ。
……そう思うのに、どうしてリトのひと言に何も言えないんだ。
月華より重たいはずの燦華で、ティーチャーは軽快に跳ねながら山を駆け下りていく。燦華の機動性能は月華より劣る?嘘じゃないのか?月華の主要諸元表に載っている基本性能が燦華よりいいというのは数字上の話で、やっぱり乗り手のセンスで決まるんだと、つくづく思い知らされる。ティーチャーの操る燦華は野山を走り回る『キツネ』そのものじゃないか。その騎体の動きが、はしゃいでいる子どものようで、作戦が六十点ながら成功したのかな、と、モニタ越しに感じていた。
山を下り、森を抜け、しばらく川べりを移動すると支援部隊の『アカイロギツネ』が用意していた船に乗りこんだ。キルスイッチを捻り、ディーゼルエンジンの発電を止めて予備電力から騎体への電力供給もカットする。コンプレッサ、動力液ポンプや脈動ポンプが止まり、圧力が低下したのを確認して、マスターキーを抜いた。紅い非常灯が身体を流れていく汗を照らし、光を跳ねる。汗が止まらない、息も上がり気味だ。毎日、持久力をつけるためにトレーニングをしていても、長時間に渡り月華で機動すれば、こんなにも体力を消耗する。
さすがに三時間も激しく機動し続けるコクピットはつらい。熱量や糖分を消費すると、うまく頭も回らなくなるから、コクピット内には最適な成分に調整された糖が摂取できる【飴】や水分を補給するための水筒が常備されている。汗をかいた身体に密着する搭乗着は不快で嫌いだ、馴れ合っているみたいで不快。そう、人間同士が行うそのものみたいで不快なんだ。
ふーっ、と息を大きく吐いて、月華の外へ出る姿を整えていく。あたしがしっかりしていないとファブがけらけらと笑う。それを見てナコが困ったような笑顔をする。だけど、きっとリトは無表情。その癖、たまに少し口許が緩むのが鼻につく。そして、あたしを笑うファブを叱る。それに………あたしの何かが、リトを受け入れさせてはいけないと拒否している。水筒から温くなった水分をひと口飲み、騎体側に繋げられた通信用プラグと生体モニタプラグを引き抜き、両手で二度頬を叩いてからカウルハッチを開いた。
「准尉!ご苦労さま!」
「おつかれ!カァラルイ准尉!」
「良い出来だったみたいじゃないか!」
アカイロギツネの隊員や整備兵たちが声をかけてくれるのだが、その声たちの感情を受け止めるだけの余裕がない。とりあえず、笑顔を作って手を振っていた。いつもの、元気で、戯けていて、男の子っぽいガサツな女の子『あたし』を演った。
出来るな?
アオサギ、クチバシが黄色で可愛い。
はあ。なんで、こんなに気が重いんだろう。
「イリアル!」
「おつかれさまです、ティーチャー」
しまった、気が入らずに間が空いた。
ほら、と投げられた水筒は………コクピットを出る前に飲んじゃったんだけどな、と、思いつつも、一口含むと冷たく少し甘酸っぱい液体が熱くなった舌の上を気持ちよく転がる。
「私はイリアルが上出来だと思っていない」
「あー……っと」
このひとはあたしを突き放す。
「私の部隊に出来ないやつはいらない」
今日に限って濡れ始める、あたしの眼。そして、そう突き放しておいて、
「私はイリアルの実力を知っているから側に置いている。
六十点以上の実力があると知っているから側に置く」
やさしく抱き寄せるような言葉を平気で言う。
だから、今日みたいな日は、困る。
恐らく、毎朝会っているナコとは、もっと……
「おつかれさまです、ティーチャー」
リトとナコ、そしてファブたちが集まってきた。
「冷やした水分を用意している。各自取りに行け」
この水筒は、あたしのために。
水筒をぎゅっと握り、すこし胸に押し付けた。
こういう小さなやさしさの、
いちいちが、
ほんとうに、
困る。
あたしのなかの、
ナニカガ、オカシイ。
…………………………
あたしたちは、いくつかの『調整時間』を過ごし、作戦から九日後の夕方に基地に戻った。寮を空けて何日だ?作戦に費やした十数時間以外は、行きの移動も、待機中も、帰りの移動も、たくさん睡眠時間があったけれども、何日も寝てないみたいな感じがしていた。
「なんだか眠たいんだよ、ちゃんと寝ているんだけどなあ?」
そんな会話ばっかりをナコと、船の上で、トラックの中で、輸送機の中で、バスの中で、倉庫の中でして、ようやく我が第八騎士団ハナミズキ隊の城に到着したのだ。寮の部屋に入ると荷解きはあとに、夕食前にシャワーを浴びようと準備をするのだが、隣にいつもいるはずの下着をバスケットに入れるナコがいない。珍しいこともあるもんだな、と、ベッドを見ると、姫が前のめりに顔から枕に突っ込み、正面衝突事故を起こしていた。
「姫ー?あたしはシャワーに行くけど?」
「いってらっしゃ……い……イリア……、わた……し……くぅー……」
………との事だ。ナコ姫の寝顔を見ていると、あたしたちが戦争をしているだなんて嘘みたいに思えてくる。しかも、九日前に誰だったけか、とりあえず、仲間だった人間を殺してきたばかり。ベッドにうつ伏せ、枕と正面衝突のままは苦しかったらしく横を向き、酸素を確保している姫を見ていると笑みが溢れてしまった。こんな美少女がなあ、と、ナコ姫の頬を手の甲でやさしく撫でて、彼女の特徴でもある白く、くしゃくしゃの髪に指を通す。
「ん……っ。ティーチャー……?」
寝言に手を引っ込めた。何故か、あたしの身体が熱くなっていく。首筋にも熱を持って耐えられなくなり、ベッドから離れ部屋を出た。まったく、本当にナコは少女騎士団のアイドルなんかじゃなく、ただの恋する乙女じゃないか。騎士団にいるのは王子様に守られる方の姫、そのものだ。
シャワーに打たれながら、ぼうっと【恋】とやらを考えてみた。頭から水滴たちが顔や首筋を伝い胸や背中、お腹や腰、お尻、お腹のしたや、………とか。太もも、つま先まで熱い液体が肌の表面を伝って排水溝へ流れ込んでいくのを見つめ。
出来るな?
そうティーチャーに言われた瞬間から身体中、とくに………がムズムズして震える感覚が取れない。トリガーを引き月華に伝わる発射時の衝撃、着弾の衝撃なんかも、実際にあたしが感じた痛みじゃないのに身体に残っている。
出来るな?
「………恋、じゃないよな?」
シャワーの水量を全開にして、あたし以外に聴こえないよう口にした。もし、恋だとしたら困る。ナコの邪魔になってしまう、邪魔をしてしまう。だから、絶対に…………、だめ、なのに、
「違うよな?」
違う、違うはずだ。でも、この胸を締め付ける苦しみと動悸と身体の…………は、どう説明したらいい?どう自分に言い聴かせたらいい?
出来るな?
「疲れているだけだ。きっと寝れば大丈夫」
ぜんぶ、明日には忘れている。
大丈夫…………、大丈夫だ。
なんとなく部屋に戻ることに気が引けて娯楽室で過ごすことにした。この部屋には、本に、ダーツに、ビリヤードに、ぬいぐるみの山と百枚はゆうに超えるレコードのコレクションと、大きなスピーカーを従えたプレーヤーやそれらが、物置きかと思うくらいに雑然とあり、まったくもって、どういう意図で作られたのか分からない。ただ、この大きな三人掛けソファーと一対のひとり掛けソファーは気に入っている。いつもはナコが淹れてくれる紅茶のラベルが貼られた缶を………恐らく、それらしい色のラベルが貼られた缶を棚から取り出し、自分で淹れてみた。茶葉が多かったのか、渋く、色味も濃い。ひと口飲むたびに、ため息が出る。
「ん………、イリアル」
声にカップの中の液体から目線をやると、リトが娯楽室の入り口でカップを持って躊躇っていた。
「まあまあ、そんなところに立ってないで座んなよ、お嬢さん」
左隣を軽く叩き、意地悪な笑顔でリトを挑発するように見る。あたしがリトのことが嫌いなのは周知の事実だけど、リトはリトで、どうしてあたしと距離を取ろうとするんだよ?
『…出来るんだよ』
じっくり近くで見るリトの長い黒髪と白い肌は、国民から絶大な人気を誇る少女騎士団ヤマユリ隊の元トップアイドルだっただけあって、綺麗で透き通るような髪質と肌のきめ細かさが大理石みたいな柔らかい光で存在していた。ずっとヤマユリにいれば、チヤホヤされた人生を送られたであろうものの【実働隊】に転属願いを出した変人。
「前から聴こうと思ってたんだけどさ、アンタはなんでこっちに来たのさ?」
色んなひとから何千回、何万回されたであろう質問。
「性格に合っている」
「性格、ねえ?」
あたしのリト嫌いのひとつは嫉妬だということは分かっている。彼女に対し気負いすぎてギクシャクするから馴染めないのも分かっている。ただ、それだけなのに、それらをしないように努めないのは、つまらない自尊心から来ているのも分かっている。ただでさえ口数が少ないリトが、それを感じて気を使って余計に拍車がかかり、悪循環に陥っているのも分かっている。
「あーそーだ!今回はありがとね。あんたのお陰でさー……」
「イリアルの実力よ。私はお礼を言われるようなことは、なにもしていない」
ああ、こういう事をさらっと言えちゃうところも嫌いだな。
「リトはさー?なんで狙撃が好きなの?」
「風の音、近くの草やチリ、遠くの草やチリ、それらを弾頭が縫いながら飛んでいく……」
「?」
「弾頭が対象に向かって入る瞬間を見るのが好き。ゾクゾクするの。
頭の中でタクトを大きく振ってオーケストラを指揮して、
大きな一音を狙って出した瞬間、客が驚くような瞬間を狙うゾクゾク感が好き」
話すリトの横顔が少し紅潮していて、普段は見せない表情をしていた。やっぱり変……というかさ、それは……
「なんていうか……やっぱり変だよな、それはさすがにさ……」
「さすがに?」
「……性癖の歪んだ変態だよ、それは」
言葉を濁したのだが、聴かれたのだから素直に答えた。ここまでの感覚を覚えているのなら『歪んだ性癖』とか『変態』とか言ってもいいだろう。少し、ムッとした表情のリトがソーサーから、ひと口サイズのチョコレートを口にする。あたしの視線に気付いて「イリアルも食べる?」と顔の前にチョコレートを出したから「うん」と言って、指先ごと口に含んでやった。あたしの口の中からバッと指を引っ込めたリトに「甘ーい!」と意地悪に言ってやると、彼女は怒ったのかソファから勢いよく立ち上がり、娯楽室を出ていこうと綺麗な姿勢で歩く背中をニヤニヤと眺めて、優越感に浸りながら言葉を投げた。
「リト。あたしはアンタが嫌いだ」
立ち止まるリトに続ける。
「あたしの性格と合わない。
だから、いつも意識するくらい嫌い、いつも比べちゃうくらいに嫌いだ。
近付こうとしても会話の波長が噛み合わないから嫌い、
でも、たまにこうやって話すのが嫌い。大嫌い。
嫌いと言って、また懲りずに話すんだろうから大嫌いだ。
あんたとは親友になれそうにない。
あたしの何かがそうさせてくれない。
でも……仲間ではいてくれ。
これからも、あたしたちの背中を頼む」
立ち止まったままのリトが振り返り「私もイリアルの事なんて大嫌いだ!」と言って、小さく、ぴっ、と、舌を出した。娯楽室から出る瞬間にも、初めて見る笑みで「だいきらい」と声を出さずに唇だけ動かし、また小さく舌を出す。なんだ、可愛いところあんじゃん。
大嫌いだから上手くいくのかもしれない。好きでいることだけが上手くいく条件だというのは、平和主義者の思い込みかもしれない。あるいはナコがティーチャーを想う、それが上手くいかないから、あの微笑ましい関係が続いているように。
リトの指からもらったチョコレートが甘いから【恋】というものについて、柄じゃないけど深く考えてみることにした。
…………………………
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