少女騎士団 第五話

2/2
前へ
/22ページ
次へ
………………………… …『こちらリト。ノイズがある』 「こちらキャプテンファブ、全騎停止っ。身を低く待機だよっ」  ボクは月華を岩陰に入れて指示を出した。 「ナコは三五〇距離警戒。ボクとイリアル、リトはノイズの観測っ」  精密射撃用スコープを引き出し、報告のあった〇一三〇時方向距離四八〇を警戒する。樹々の間で、わずかに揺れる光のノイズ。岩陰から騎体のような影がノクトビジョンのざらざらした緑の中で……光が少し動いた。 「今、動いた!」 …『確認した』 …『確認!』  複数騎で確認したという事は画像処理系機器の個体差によるノイズじゃない。確かにアレはキンモクセイだということ。 …『さて、キャプテンファブさんよ?どうする?』  キンモクセイ隊の狙いは長距離からの攻撃じゃない。この辺りは樹の密度が高いから長い距離での複数騎は攻撃しにくく、結局は接近戦に持ち込まれる可能性が高い。最初から隠れて、やり返されるリスクを高くしてまで隠れる意味がなんて、どこにもない。あとは待ち伏せによる混乱を狙った殲滅戦かな。ということは、相手は自分たちのテリトリーに入るまで動かないはずだ。 「あと三騎がどこにいるか分からないなー。どう考えてもねー、待ち伏せなんだよっ。  じゃあ問題ですっ!キンモクセイのテリトリーを知るにはどうすればいいでしょー?  ハイ!イリアルっ!三ヶ月前の座学でも出たよー!」 …『えっ!?えー……っと!し、慎重に、う、内側に入る?』 「んー………次点かな。もうちょっとイリアルは勉強もがんばろう」 …『う、うっさい!わかってるよっ!』  リトによる長距離からの射撃で、まず一騎、当たっても当たらなくてもいい。存在を示せれば、それが意味。その間にボクたちが距離を詰め、かき混ぜて炙り出すことができれば、こちらにも分がある。もうテリトリーの中に入っている可能性もあるんだけど……かかりが浅いだけで手を出してこない……?いや、この要素は排除だ、思考の邪魔になる。 「リト、確認した対象を撃てる?」 …『条件付きで』  じゃあ、リトがボクたちの背中を守りながらイリアルとも連動する。前はボクとナコが行くから、ボクたちの背中はイリアルが守るように展開すればいい。それぞれ、前後方に独立した動きが出来るように距離も置く。よし、これで動いてみよ。 …『こちらイリアル。位置についた』 『こちらナコ。配置完了』 「じゃあリト。対象Aを狙撃、と同時に作戦開始!」 …『こちらリト、対象Aを狙撃。了解』  リトのロングレンジライフルにサプレッサ装着させた。人間が扱う銃器に使うサプレッサは減音目的もあるのだけど、機械化騎兵の銃器に装着するサプレッサは、発射時のマズルフラッシュを見えにくくするという目的が大きい。光が見えにくいというのは早期発見、対応の遅れ、混乱も狙える。そもそも機械化騎兵が使う大きさの砲弾を、サプレッサくらいで消音するなんて期待するほうがよろしくない。大型砲弾の音なんて、これくらいの追加装備では消えたりしない。  かつかつかつかつかつ。  いつもの音が聴こえてくる。 ズバンッ! 「作戦開始ッ!!」  ギコッ!と月華の縮ませていた人工筋肉を解放して、地を蹴り飛び出した。ギッ!ギッ!ギッ!ギッ!と、コクピットのなかでリズムよく軋む音が響き、前方モニタに緑色の濃淡が激しく揺れる。この少ない情報下でも、ボクたちは上手く走れる。 …『こちら二番騎リト、目標着弾』 「みんなっ!着弾申告の発煙筒は確認なんかせずに、どんどん進んでっ!」  目標に着弾した、って言うリトを信じる。やっつけてくれたキンモクセイの月華に向かいながら、左右のモニタにも気を配り、暮夜の森を駆けていく。リトが抜いた月華は作戦範囲のどこにいたんだろ?眼の前に現れた小川を飛び越えると、操縦席にベルトで押し付けた身体の『感覚』が、ふわっと浮かび、着地した瞬間に地面に叩きつけられ、脳に伝わる衝撃で一瞬だけ意識が飛ぶんだ。月華に乗ったことのないひとは、微速歩行の揺れだけで『もう二度と乗りたくない』と思うんだろうな。でも、ボクは容赦なく身体のあちこちを打ってくる不快な乗り心地が好き、お気に入りだ。月華に乗っている証の身体に残る痣の数々が大好きだ。 「出てきたよっ!〇二時方向距離二五〇!」 『こちらナコ!確認したっ!』  緑の画面の中で光るマズルフラッシュと近くで跳ねる模擬弾。弾道がバラバラで定まってないということは、速い速度で移動しながら撃っているということだ。牽制のつもりだろうけど、あんな動きかたじゃ、発砲は弾の無駄。地形が低くなったところに飛び込み、頭の上を流れる弾とナコの方を見た。 …『こちら二番騎リト!一〇時と一一三〇時に二騎!森の奥に入っていく!』 「深追いは必要ないよっ!イリアルと連携して!」  呼吸が熱く深くなって、身体中がムズムズし始めて暴れ出したくなっちゃう。それを抑え付けるように我慢するのが、すごく気持ちいい。 …『ファブ!頭を下げてて!』 ヒュッ……ンーッ! …『目標着弾!』  地面の窪みから飛び出して、ロングレンジライフルを構えた。眼を大きく開いて精密射撃用スコープを覗く。今度はボクがリトのお手伝いだ。  ふーぅ、ふーぅ、…ふー…………、 ガンッ!  三騎目の月華の足元で弾道が跳ねて、動きが約二秒止まり、ナコのガトリングガンから発射された模擬弾が目標の装甲を打ち跳弾する。ほぼ同時にイリアルがロングレンジライフルで、最後の一騎を沈黙させていた。 …『こちらヤマネコ。キンモクセイ隊からの損傷連絡を四件確認。ハナミズキ隊の勝利だ』 …『隊長騎がそちらへ行く。それまで各騎、待機だ。繰り返す、隊長騎が……』  勝った。  勝っちゃった。  嬉しさのあまりに身体のムズムズが爆発して、両腕を突き上げたら手首と両肘、あと頭の後ろを打った。  そうだった、ここは月華の中。コクピットは狭いんだった。  ボクは近くにいたナコと一緒にティーチャーを待つことにした。カウルハッチを開けて上半身を出す。深森の空気は湿っていて、五月祭を過ぎた今日もまだ冷たい。でも、土と苔、落ち葉、朽ちた生命、生きた生命の匂いがしていて安心する。それに混ざって月華の油の匂いと動力液の匂い、硝煙の匂いもするから、ボクは生きているんだなーと思う。色んな匂いを嗅げる、生きていないとできないでしょ。 「模擬弾でも当たると衝撃があって痛いよねーっ」 「身体に痛みを覚えさせるのが目的なんだと思う」  本当にナコは物知りだなあ。汗に濡れた髪をかき上げるナコは可愛いから、どきどきしてしまった。 「ねえ、ファブ」 「なあに?」 「さっき言えなかったキンモクセイの花言葉は、初恋なんだよ」  初恋。だから、みんな匂いを嗅ぐと切なくなるのかなあ?初恋は切ないって、よく聴く。 「ねえナコ!ハナミズキはっ?」 「ハナミズキはね………」 公平。 返礼。 華やかな恋。 「それと……」  ────わたしの思いを受けて下さい。  最後の一言のとき、ナコは少しうつ向き眼を細めた。いま、ナコの言った『わたしの思いを受けて下さい』はボクに言ったんじゃない、ティーチャーに向けて言ったんだ。 「ナコはティーチャーのこと好き?」 「そんなんのじゃ……な…………いよっ」  ねえ、ナコ?どうして悲しそうな顔で無理して笑うの? 「イリアルはティーチャーのこと好きだよ」 「え?」 「ティーチャーのこと、好きなんだよ」 「イリアルが………言ってたの?」  あれ?なんで、ボク……こんな事言っちゃったんだろう?えっと、最近、イリアルの匂いが変わって………違う。こんなナコを困らせるようなこと……えと、アレ?ボク…………は、 「ボクは、ナコが好きだよ」 「え……と、…………っ!」 「好きなんだ」  言いたかった言葉はこれじゃないか。すこしナコを困らせたかったんだ。こんなに近くにいて、いつも構ってほしいからくっついているのに、ナコの視線は近くのボクではなくて、遠くにいるティーチャーを見ているんだもん。ティーチャーに届くことなんかない低い身長のボクに向けた視線はくれないから、最後に………、  ボクはナコが好き、大好き。  ……大好きだったよ、って言わないと。  知っているんだ、諦めなければいけないということ。  叶わないことがあるって知ることも、知らなきゃいけない。  ボクはおとなとこどもをいったりきたりだ。 …………………………  夜中から降り出した大粒の雨は時間が経つにつれ、小さく細い雨に変わっていった。ワイパーがフロントガラスについた雨粒を払い落とす。 グゥウウアア!ッ!ガロッ!  ゴクッ、コ!左手の中でシフトノブを遊ばせ、ニュートラルに入っているのを確認し、信号を渡る人々を低い視線から観察する。 「また『これが戦争をしている…』なんて考えてます?」 「いいや。こんな形で君とドライブをするとは、と」  まったく、助手席の女性は鋭い。ステアリング上部に両腕を置き、盗み見た彼女の膝には、わざとらしく朝刊の一面を飾った『あの暗殺』が見えるように置かれていた。今になって『あの暗殺』が、陸軍省情報局か内閣府情報収集分析局からなのかは知らないが、ほぼ事実通りにすべてのマスメディアへ均等に伝えられたのだ。今朝からテレビジョン、ラジオ、新聞各社が伝えられた情報を一字一句、誤字脱字することなく横並びに垂れ流している。  暗殺の可能性が高い。  休暇中を狙った犯行。  建物には大きな弾痕。対物弾使用。  内部情報漏洩の疑い。  軸となる文言は、主にこの四つから構成され、紙には公国の特殊部隊や反政府勢力、国際武力組織の犯行を匂わす内容もあったが、少将と公国軍官僚が何度も密会を繰り返していたと、台本に書いていることは守って構成されている。また、国民の反感を買いやすい高級別宅の現場写真や間取りまで載せ『第四の権力』として、行使するべき力を存分に発揮させていた。さらに、ありがたい情報として資産総額や組織や団体への献金額、個人献金の額も桁を切ることも、間違うこともなく一桁台の数字まで発信されていた。報道各社は『圧力を恐れながらも勇気を出し、国民に伝えている。だから、このオブラートに包まれた【内部による犯行で、これは見せしめです】を感じ取らなければいけない』という演出も完璧に演じていた。もう少し上手い役者なら、ひと捻りほしいくらいに、だ 「よく、こんな記事を情報収集分析局だか情報局が認めたものだ」 「どこにでも何かを利用しようとする者はいるものです」@@@@編集中@@@@  私への召喚も何かが流れ始めたのだと理解するに足りる。信号が青になり急かされ、クラッチを踏んで二速へ入れると、少しクラッチを離してトラクションをかける。 ガァッ!ガロロッ…ロロガァアアア!  このホンブルク社製ヒュンフクーペコンプレッサは、トロフィーへの出場規定である最低生産台数を満たすためだけに百五十台作られた。その生産番号は第一三八番。このモデルを買うオーナーは一般道で乗るオーナーなんていない、というくらいに割り切ったものになっているから、雨の日や冷えた日、滑りやすい路面を走るときは、とても気を使う。スーパーチャージャーを装着しているくせに低回転は期待するほど無く、回転を上げればターボチャージャーが過度に効いてジャジャ馬。ステアリングも敏感だから、ゆっくり丁寧に扱わなければ痛い目にあう。交通量が多く、窪みのできた水捌けの悪い高速道路への入り口、交差点をゆっくりステアリングを切っていき、合流に向けてのループで荷重移動を丁寧に行った。リアが暴れないように荷重を捉えるとスロットルをゆっくり踏んで二速で引っ張り、本線へ合流するためのウィンカーを出す。 ………………………… ぱたっぱたっ……ぱたたたっ。 雨が渡り廊下の屋根を叩く。 たたたたっ……ぱたっぱたっ。 わたしは雨が嫌い。  渡り廊下の窓から地面で跳ねる雨を眺めていた。地面に当たって小さく砕け、地上十数センチメートルを白く曇らせている。 イリアルはティーチャーが好き。  ファブが笑顔で言った言葉に、わたしはどんな顔をしたのだろう。よく分からないから何も出来ずに、ずっとティーチャーに会いたいとだけ考えている。あの後、もう一度、ファブに「ナコは…………ナコはティーチャーのこと好き?」と聴かれ、絞り出した言葉が「よく……分からない」だった。『よく分からない』なら、毎朝、貴方に会いに行く理由はなんだ?  地面で跳ねる雨に「ダメ……こんなのじゃ、ダメ」と宣言して、わたしは寮に戻ることにした。  イリアルに会いたいと思えば娯楽室に行けばいい、というのがハナミズキの常識で、いつも彼女は三人掛けソファーに座って紅茶を飲みながら、百数十冊ある図鑑を一冊一冊読み眺めている。 「イリアル?隣いい?」 「ん?ああ、どーぞ」  イリアルは少し雑なところもあるけど、明るく真っ直ぐでハキハキとしていて、長い髪が綺麗で顔立ちもいい。何より最近、大人っぽくなったかもしれない………。 「で?どーしたの?」 「っえ?」  彼女が図鑑を閉じソファーに置くと抱きついてきて「あーもう!姫は可愛いなあ!」と頭を撫でてきた。 イリアルはさ、ティーチャーのこと好きだよ。  わたしを強く抱きしめていたイリアルが、急にパッと離すから、彼女に身を任せていたわたしは、膝に、こてん、と転がり、膝枕をしてもらう形になってしまった。イリアルの表情を伺おうと見上げると、そこには満足気な笑顔で見る彼女と温かい膝とお腹から伝わる体温、膨よかで柔らかそうな胸と綺麗な喉元、魅力的な唇があった。 「ファブと何かあったのかい?」 「あっ、えっと!………………うん」 わたしの髪がゆっくり撫でてくれる。 「ファ……ファブって!」 「うん」 「わたしのこと……」 「うん」 「好きなの……かな………………って」 「うん」 イリアルがわたしの頭にぽんっと、やさしく手を置く。 「そうだね。ファブは姫のことが好きだよ。  ……でもさ、姫が好きなひとは誰なんだい?  姫………ナコはさ、  ファブに伝えないといけないことがあって、  ちゃんと言わないといけないことがあるんじゃないかい?」 ………………………… 少女騎士団第 五話終 Das armee Spezialpanzerteam 3, Mädchen ritter Panzer team 8."Hartriegel" Drehbuch : Fünf ende.
/22ページ

最初のコメントを投稿しよう!

3人が本棚に入れています
本棚に追加