少女騎士団 第六話

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…………………………  陸軍北部方面局からの帰り道、大尉は何故か高速道路を途中で降りて街の中を走った。雨上がりに煙る大通りはアスファルトが波打ち、タイヤが水捌けの悪い道路の水溜りから雨水を跳ね、外の世界へと助ける。 「コーヒーを飲もう」 「またですか?」  そう、まただ。と言って笑い、窓を開けて煙草に火を点ける。深く、深く吸い込まれ、吐き出した煙を追うみたいに、いつも大尉の視線や気は色んなところに向けられていた。それは確かだったから「そんなに警戒しなくても?」と少し意地悪を言ってみた。車が信号に止められた時「私は異分子らしいからな。それらしい行動をしないといけない」と歪む口許。本当に貴方は嘘が下手ですね。眼を細め、視線の先に六階建てのレコード店があって、その一面に貼られた少女騎士団のポスターが貴方に睨まれる。 「彼女たち………」  貴方が煙を吐きながら呟く、それら。少女騎士団を使ったプロパガンダ広告なんて珍しいことではない。ポスターの彼女たちは【広報組】と呼ばれている隊だ。聴こえは悪い呼び名だが、事実そうであり、彼女たちも『任務』としてこなせるよう、練習し、上手くなった笑顔を振り撒いているのだ。ヤマザクラ隊の少女たちの笑顔は評判がいいのだから使う価値はある。 「彼女たちの人気の裏に、私の少女たちがいる」 「ヤマザクラの彼女たちにも苦労があると思いますよ」 「そうだな。いつも大衆の眼にさらされて、笑顔振りまいて…………、  大人に媚を売るなんて少女のすることじゃない。  人間はなんでも自分の気持ちのいい『道具』にしてしまう。  何も考えず、快楽の為に」  それは、あまりにも【少女】というものに幻想を抱きすぎているのではないか、とも思ったが、大人の都合に振り回されるのはヤマザクラだけではなく、ハナミズキの彼女たちも貴方に笑顔を振りまいているじゃないですか。それに気付かない貴方じゃないでしょう。そして、それもまた、貴方は世間と同じく…………、  三七年式のヒュンフクーペ・コンプレッサは、いつかのコーヒーショップの前に止まった。買ってくるから待っていろ、と、車を降りた大尉を追いかけ、後ろから抱きつくように腕を組んだ。 「君は乗っていればいいのに」 「たまには『恋人ごっこ』もいいじゃないですか?」  背が高く小さな丸テーブル。脚の細い椅子に座り店内を眺める。悪くない趣味で悪くない立地だと思うけれど、決して流行っているわけではなさそうだ。貴方がマスターと身振り手振り会話をしたあとに、ビルクリップから数枚のそれを渡した。ふたつのカップを持って席に戻ってくる大尉に重い声で「コーヒーにしては高過ぎませんか?」と投げつける。 「いいや。コーヒーに安全な連絡手段もついてくる。格安だ」 「なるほど」 「今日の一件で君が内閣府情報収集局、陸軍省情報局と切れているのが分かった」 「通報することは可能ですよ」 「君は、そんな事をしない」  また、そんなずるい言葉を使う。貴方が私を誘う時は『何かがあった時の保険』だという事は分かっている。私が表向きの立場上断れない事も、感情を逆手に取られている事も、全部、うまく利用されている事も分かっている。それでも、貴方が私を必要とするのが心地いいんだ。 「本っ当にズルいひと」  そう言って口にカップを運びながらテーブルの下で貴方の脚を軽く蹴った。 「それが上官にすることかな?中尉殿」  いつも不機嫌な表情でいるはずの顔で、私が困ってしまうくらいに素敵な笑顔を不器用にするのだから、利用されてもいいかな、なんて思ってしまうのだ。………まったく、こんな事を二十歳そこそこの女ではないのだから年甲斐にも無く、と思う冷ややかな自分がいるのも事実。私は見事に自分の人生から何も学ばないという事が分かった。カフェのテレビジョンの中で月華に乗った少女たちが戦場で躍進し、戦場に彼女らの手で立てられた国旗が揺れた。その旗の前で万人受けの笑顔を作り『私たちと共に戦おう』と呼びかけている。コーヒーを飲み終え、再びヒュンフクーペ・コンプレッサが大きなトルクを受け止めるために取り付けられた硬い脚で不器用に走り出した。ミッションのギヤ比やデフの効き方、スーパーチャージャーにターボチャージャーを組み合わせた吸気音。その暴力的な力を示す音たちは、私にコンプレッサでは無いヒュンフクーペのほうが好きだと教えてくれた。この車は貴方の社会に対する抵抗の象徴で、暴力的でジャジャ馬、気分屋な何かを抑え付け、手懐けて乗りこなす願望や欲望の表れなんだと思うと合点がいき、笑えてきた。 「大尉、ひとつはっきりしてください。『南方奪還実力行使派』ですか?」 「関わっていないとは言わないが、彼らが掲げる計画は好まない」 「じゃあ………?」 「君が笑わないうえに、脚を蹴らないなら話そう?」  指示器の音が心地よく鳴り、貴方がゆっくりとステアリングを切って、二速のまま引っ張り高速道路の流れに滑り込んでいく。  ここから先、深入りするのは私の本望。 …………………………  今日も空が重たく、いつ泣いてもいいように準備をしているみたいだった。そんな空に飛行機が翼で風を捉えて、自分たちのいくべき場所にぐんぐん昇っていく。この一ヶ月で空八三式輸送機や空四一式重戦闘機の往来が増しているから、近々、わたしたちも戦場に投入される可能性があると考えていい。 「新聞に書いてあった、どの戦場に向かうのだろう?」  並木道の噴水に座り、その時間が来るのを待った。わたしが自由に話をするために、ふたりきりになれるために与えられた時間は朝の三分間しかない。その三分間しか、あなたはわたしのために脚を止めてくれない。 「おはよう、ナコ」 「おはようございます、ティーチャー」  いつもの時間に、いつもの不機嫌そうな表情と、いつもの軍服でティーチャーが立ち止まってくれた。 「今朝も規制明けから飛びまくってるな。散歩ついでに戦闘機を眺めていたのか?」 「や、いえ…………」  歯切れの悪い答えにティーチャーが眉をしかめる。 「そうだ。いつも行くコーヒーショップでチョコレートをもらったんだ、食べるか?」 「はい」  そのチョコレートは、どこにでもあるような物で、昨日、イリアルが口に入れてくれたビターチョコレートとは違い、甘さだけで子どもを騙そうとする安いチョコレートだった。でも貴方が「美味しいか?」と不器用に微笑んで聴くから「とても美味しいです」と答えてしまう。わたしは煙草とコーヒーの匂いが大嫌いなはずなのに、貴方からするそれらはわたしの心臓をここまで跳ねさせるから、何を話したらいいのか分からなくなるんだ。 「ティーチャー………………わたし」 「なんだ?」  不機嫌そうな顔で、そんな不器用に、そんなやさしい笑顔をしないでください。 「ティーチャーの事が…………」 「好きです」 「知っている」  貴方が、そう言ってわたしの頭をぐしゃぐしゃに撫でる。この後に出る言葉も全部、もう分かっている。貴方がわたしを女として見ていないこと、ハナミズキのみんなやエド中尉と同じ部下だということ、そして、 「私がナコの気持ちに、一切応えることはない」  そんなひどい言葉を軽く使うのも全部知ってる。  わたしはかっこよく『覚悟していましたから謝らないでください』と言ってみたかったのに、貴方はそのキッカケになる『謝る』ということすらしないのも『一切応えることはない』なんて無表情な言葉を使うのも、全部、知っていた。涙や鼻を拭くために借してくれたハンカチがヨレヨレで煙草の匂いがするのも、季節が雨季を経て夏に変わっていくなかで、わたしにかけてくれた制服の上着が、まだ夏服に変わっていないのも、全部、やさしさなんかじゃなく、部下にしている上官の行いだということも、  全部、知っている。  だから、これ以上、やさしくしないで。 「行こう、ナコ」 「……っはい」  貴方が腕を差し出した。わたしは泣きじゃくりながら、その腕をとる。  わたしの夢を叶えてくれた。  最初に願い、最後にやさしさで叶った願いだ。恋人のような距離で貴方の腕をとって寮まで歩く、永遠の十二分間。 …………………………  白い板で仕切られた廊下や部屋に見たてた空間で防具を身に纏い、短いサブマシンガンと腰にハンドガンを携行して行動する。先頭をファブが行き、その後ろを着いていく。わたしの後ろにはイリアルが、そして、最後尾にはリトが続き、四人は乱れることなく等間隔に進んでいくのだ。頭の上にある通路から陸軍の教官が見下ろしていた。ファブが握った拳を上げてドアの前で停止、ハンドサイン、簡潔に指示を出す。 <この部屋に突入。ナコとイリアルはドアの反対側へ。リトはボクの後ろ>  わたしはファブの反対側に行き対面した。ファブがハンドガンに持ち変え、眼を合わせると、こくっと頷き、わたしはドアノブをゆっくり回してフックが外れたところで、勢いよく開く。飛び込むファブの背中を追う。部屋に入ると左側を確認、突入の際に間取りを把握。別室への扉はなし、正面に窓がふたつ。家具、テーブルが倒されている。イリアルがわたしを追い越し、奥に進み倒れた家具とテーブルの裏側を確認した、ハンドサイン。 <クリア>  リトが窓の外を確認。 <クリア>  イリアルが追い越した時点で部屋の入り口を注意するため、反転していたわたしの横にファブが下がって来て、背中合わせに<ここにはいないね>と左手と首を振ったのを見た一瞬、気を抜いた。内側に開けたドアの後ろに隠れていた『対象』が、わたしのお腹に模擬弾を一発撃ち、次にイリアルの背中を撃ちながら家具の向こうに飛んだ。その間にリトが二射したが、ファブは撃てなかった。わたしは激痛に膝を付く。 「く……ふぅ…………っ!」  模擬弾とはいえ痛い、お腹が痛い。涙と、よだれが埃っぽい床に落ちていく。視線を横にやるとイリアルも痛みにもがいていた。ジリジリと、ゆっくり間合いを詰めるリトとファブの足音。ゴトン!と入口から大きな音がして、リトとファブが振り向き、ザリッ!と、この埃っぽい床を踏み込むような音がした。最初の音の正体は、扉に黒い何かが当たった音で、次の音は床に落ちた時の音。そこに見えたのは『対象』の援護でもなんでもなくて、ハンドガンのマガジンだった。それが家具の向こうに飛び込んだ『対象』の投げた気を逸らすための物であると理解したのは、リトもファブも背中を撃たれ、痛みに屈して床に倒れたときみたいだ。 「ハナミズキ隊!全滅!」  頭の上にいる陸軍尉が叫び、眼を細めないと痛いくらいの灯りが点けられる。 「全員立てるか!?」  それぞれに痛みを抱えた箇所を押さえて、咳き込みながら立つ。そこにはわたしたちを見下すようヘルメットの顎紐を緩め、ゴーグルを外す、ティーチャーの不機嫌そうな顔があった。最初から『対象』は少女騎士団の別隊ではなくティーチャーひとりだったのだ。 タンッ!タタンッ!  模擬戦用の建屋から発砲音が響いていてやむことはない。わたしは屋外の休憩所、その前のコンクリートに寝転び空を見ていた。お腹が痛い、まだ咳が出る、咳でまた痛み、じわりと涙が出る。ティーチャーに撃たれた脇腹は見事に内出血を起こして、腫れ上がっていた。 「ちょうどプロテクタの隙間に入ったのね」  リトが患部を冷やすための貼り薬を用意してくれている。 「リトはへーきな顔してるけど、あたしたちも大概だよっ!」  わたしと同じくコンクリートの大地に寝そべっているイリアルが大声をあげながら脚をばたつかせる。彼女とリトはプロテクタの薄い背中に模擬弾を受けている。 「ファブは大丈夫?」  ファブに尋ねると「えへへへへ、大丈夫だよー」と笑いながら腰を押さえて脚を引きずり、わたしのとなりに座った。 「まったく……っ!どうして、あたしらが陸軍のお兄さんに混じって、こんな訓練しなきゃいけないのかね」  イリアルの訓練に対する不満は相変わらず。 「もうすぐ閲兵式があるのと関係してるのかもしれない。最近、小さな銃を使った訓練が多いから」  リトの冷静な分析も相変わらず、だ。 「これって市街地戦でも想定してんの?そんな物騒な………」  ああ、お腹が痛い。 「ナコ!」 「はいっ!」  ティーチャーの声に反応して、勢いよく立ち上がった瞬間「いっ!」と痛みに、涙と冷や汗が噴き出たが、何とか敬礼をする。そのあと平静を保っているつもりだったのだが、顔の筋肉は嘘をつけず歪むのだ。 「かなり痛そうだな。見せろ」  ティーチャーがしゃがみ、わたしは不器用に服を捲り上げた。  触れる指。痛い、こそばゆい、温かい、心地いい、不思議なきぶん、  やっぱり、痛い。  でも、やっぱり、 「んっ」  思わず声が出てしまった。 「肋骨のすぐ下か……。骨は大丈夫だろうが診せておけ」 「はい」  わたしの眼を見て、ふんっ、とティーチャーが不機嫌そうな表情で少し笑い、また眉をひそめ「当たりどころが悪かったな」と額を指で小突かれて、気付いた。自分の顔が驚くほど紅く、熱くなっていることに。  わたしは、  やらしい………。  すこし触れられただけで、こんなにも熱くなるなんて、  わたしは、ほんとうに、 「やらし………」  思わず、呟く。  夜になっても次の日も模擬弾が当たった場所は痛んだ。それから七日間は痛み続け、三週間が経てば、痛みと腫れ引いていたのだけど、痣とティーチャーの指の感触だけは、ずっと残っていた。 「ほんと、わたしはやらしー………」 ………………………… 少女騎士団 第六話終 Das armee Spezialpanzerteam 3, Mädchen ritter Panzer team 8."Hartriegel" Drehbuch : Sechs Ende.
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