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少女騎士団 第七話
少女騎士団 第七話
Das armee Spezialpanzerteam 3,
Mädchen ritter Panzer team 8."Hartriegel"
Drehbuch : Sieben.
…………………………
かつて上司だった人間が私に言った。人生は長さではなく、密度だ、と。その上司は陸軍兵役時に特殊部隊に所属し、その後、諜報活動にも就いていた人間だから、その言葉が持つ重みは他の人間と違うように感じて、尊敬し、慕った。
今思えば、子どもだったのだと分かる。
言葉の重さと尊敬の正体が、ただの恋心だったと気付かずにいたから、それらを逆手に取られ『素晴らしい人間』と付き合うことが出来るのだと錯覚させられ、利用された。
本当に子ども。
そういう事にしておこう、と思っていることも、また子ども。
私が内閣府独立情報収集分析局を辞めて陸軍省情報局に移り、様々な契約の後に少女騎士団第八騎士団ハナミズキ隊に来た理由は、ふたつ。
私は物心ついた時から、あまりにも『いい子』すぎたから、世界を創り上げる事象やそれに関わった者に対する疑問が大きくなる時期に、悪い事をして学ぶはずの事柄からあまりにも離れすぎていた。とは言っても、箱入りや純真無垢とは程遠く、ただ、学ばずに歪むばかりだったのだが、心が強かったから病まずに済んだ。私は私を『騙し続けた大人ども』に抗いたかった。
私は思う。本当に子どもだなあ、と。
もうひとつの理由も、また、子ども。ただ、存在を認めて欲しかっただけだ。内閣府独立情報収集分析局に入局した時は、倍率の高い部署にコネや金を使わずに実力だけで入り、周りの圧力や勝手に作られていく酷い噂を、また実力で捩じ伏せていく事に快感を覚えていた。
社会への反逆。
私が夢見た『抗う』というものが叶ったのだ。しかし、私のメッキを剥がしたのは『人間を辞めた』とまで言ってのけた元上司だった。その元上司が「お前、面倒くさいな。それは思春期に済ませる事だろう?……どうせ、いい子を演じていたんだろ」と言われ、ハッとしたのだ。続けて「辛かったな。自分を見つけられたら二課を辞めてもいい。再就職先くらい面倒見てやる」と言われ、この人に認めてもらおう、私が必要だと言わせようと強く思ったのだ。
「人間を辞めたとまで言った貴方に、認めて欲しいなんて……」
私は、本当に子どもだ。
「どうした?エド」
「いえ……ただの感傷です」
なんだ、それは?と不機嫌な顔で苦笑する大尉、貴方は……あの人より人間を……………、
「では、行ってくる。後を頼むぞ」
「はい。お気をつけください、大尉」
私を、ただの感情的な衝動がハナミズキ隊に向かわせたのは、私が自分の望まぬ私だからと言って、駄々をこねた結果だ。その代償として人生が望まない形で進んでしまい、引き返せない所にまで生命を連れてきてしまったのだから皮肉と言える。
…………………………
「起立!教師に礼、旗に礼!」
午前の二限がすべて終わり、わたしたちハナミズキ隊は午後の授業を切り上げ、保健室に向かうことになっていた。鞄に教科書を入れるわたしの隣でファブが「身長ーっ、伸びたかなっ!?」と頭の上に教科書を載せながら、ぷるぷると爪先立ちで震えていた。
「ファブが一番伸びたんじゃね?」
イリアルが言うとおり、ずいぶんとファブの身長は伸びたように思う。出会ったころは……えっと?あれ………うん、でも、たしか、わたしの肩にも満たなかったはずだ。今や肩を超えているじゃないか。本人曰く「搭乗着のお尻がきつい」というのも、成長したのが身長だけではないということ。学舎の廊下を予備鈴の鳴るなか四人で歩いていると、一番後ろを歩いていたイリアルが妙なことを言い出す。
「こうやって歩いているとさー、あたしたちって『広報組』に劣らず美少女揃いじゃないのか?」
イリアル曰く、すらりと伸びた身体に長く綺麗な黒髪のリトは、みんなのお姉さん。元気でいて子どものような純真さを持つ妹のような存在がファブ。そして、誰もが憧れ、誰もが振り返ってしまう可憐な美少女がわたし………らしい。
「じゃあっ、イリアルはっ?」
「ファブ……あたしはアレだ。殿方の悩める存在、つまり悩殺系だ」
確かに健康的で、女性として自慢できるところが……、少なくともわたしとは違いスタイルがいいから羨ましくはある。
「でもさっ?女の子らしさはないよねー?」
ファブ、それは言っちゃダメ。
保健室の近くの廊下でリトがファブの曲がったネクタイを直していた。イリアルが言っていたみたいにファブは妹のようで、リトはお姉さんのようだなと小さく笑ってしまう。
「出来たよ、ファブ」
「ありがとっ」
わたしとイリアルもネクタイを整え、襟の形を直して保健室のドアの前に立つ。リトが凛とした声で「失礼します!リト・ミトエ准尉以下三名、第八騎士団ハナミズキ隊入ります!」とドアを開くと、九月の午後に光る欅の床にホムラ中尉と服飾係のおばさまたちが美しい姿勢で立っていた。てきぱきと棚に鞄を置いて制服を脱ぎ、体重計に乗る。すると中尉が「私がどきどきしちゃうなあ」と困った顔で微笑むんだ。恐らく、月華の搭乗員制限である体重四十六キログラム以下を思ってのことだろう。中尉はやさしいかただから、心配してくれているのでしょう。でも、わたしたちは如何なる時でも、月華のために身体の管理するのが与えられた役目ですから。わたしは………簡単にティーチャーから離れたりしません。
体重を測り終えて、身長計の板に頭をつけたのだが、わたしの身長は一ミリメートルも伸びていなかった。わたしの後に続いて測ったファブが跳び上がっていたから、あとで「どれくらい伸びだの?」と聴こうと思う。
装飾係のおばさまにメジャーを巻かれ身体の採寸が行われる。九月の強い光、もう二週間もすれば、空が陰っていき、秋へと向かい始める。普段、服で隠れている肌に射し感じる陽が、ちりちりとしていて心地がいい。
「これが例の痣ね」
ホムラ中尉が触れる、お腹に残った痣。
「大尉が反省していたわ」
ティーチャーが?ティーチャーが反省をするなんて、そんなの……、そんなことをされたら、わたしは困る。
「そんなに驚いた顔をしなくても……。ナコ、大尉も貴女に傷をつけるなんて、望んでいないの」
「……これくらい平気です」
中尉がため息をついて、わたしの顔を両手で包むと、すこし怒った表情と強い口調で言った。わたしは女の子だから身体を大切にしなくちゃいけない、と。そう言われても、わたしは女の子である前にティーチャーの……、えっと?あれ?わたしはティーチャーの……何だったっけ…………そうだ、わたしはティーチャーに付き従う…………、
「………………」
「私みたいな外に出ない軍人が言っても説得力ないかしら?」
「あ。い、いえ、違います」
いつもホムラ中尉がまとっていて「嫌だなあ」と思っていた香水の香りが、今日はなく、やさしい香りに変わっていた。
…………………………
またも陸軍北部方面局に呼び出された。三十日以内に二回だ。これが注意のために呼び出されたのであれば、不良軍人として輝かしい減給、又は立派な降格処分。あるいは再教育として士官学校に逆戻りし、再び若者たちと泥水の中で青春を謳歌できるチャンスを得られるくらいのものだ。
「大尉、奥へどうぞ」
秘書に促され冷たい石が敷かれた床を革靴で踏み付け、重い扉を開けた。先日の紳士は部屋に入るなり私を睨みつけ、今日日、よく教育された子どもですらしないであろう、人に対し挨拶をするよりも先に自分の言いたい事を言うという、無礼を図った。
「どういう運命の巡り合わせか」
「お言葉ですが閣下、軍人が運命などとは」
必然なのだ。起こった事は全て偶然でも、奇跡でも、運命でもなく、起こるべくして起こった必然。よく人間は『運命』などと言って、現実を直視せず、簡単に見えない力とやらに責任転嫁したがる。
「リエドロ・アサカ大尉。
陸軍省からの通達があり、本日付で大尉から少佐に昇進。
第八騎士団隊長はそのままに、
特殊機械化隊第三機械化騎士団連隊連隊長を兼任とする」
「拝命します」
出世も出世、大出世だ。さすがに私もこれには驚いた。誰が推したのかは知らないが、連隊長の座まで手に入るとは驚きだ。通常、少女騎士団は作戦上で繋がりを持たない。だが、連隊長となると指揮権がハナミズキを含め、第三機械化騎士団の第三騎士団から第八騎士団の六隊に及ぶ。各隊の隊長までも配下とするのは緊急時のみだが、与えられた権限や行動範囲は、近代の軍隊組織にはありえないほど強く、広い。
「閲兵式直前の大きな人事に嫌な予感がするよ」
そう言って紳士が大きな机の上に放り出した辞令を有難く受け取り、辞令の内容を確認をせずに部屋を見渡した。壁にかけられた六枚の絵画は、どれも教科書に載っている画家が描いた作品が並ぶ。しかし、その中には…………、
「閣下は疑った目で物を見過ぎる。その割に絵の中に贋作が混ざっていることに気付いていない」
いつ購入されたものかは知らないが、六枚のうち三枚もの贋作が飾られていた。威厳ある陸軍北部方面軍の中枢、よりによって司令官室に飾るようなものではないだろう。ここが作られ大量購入したものの中に業者が忍び込ませたのか、誰かが退職する際にでも本物を持ち帰ったのか。
「昔と違って誰を信じて、誰を疑えばいいのか分からなくなる時がある」
「時代は関係なく、権力の中心とはそういうものです」
今日は、私の嫌いな無駄に高い天井と老人たちを満たすための冷たい石もいいものだと思った。だが、きっと、それは浮かれているだけだからだろう。この感情は今日だけだ。明日には、それらを無駄だと言っている。
…………………………
新しい搭乗着の寸法合わせで遅れた昼食は、ホムラ中尉の計らいで、基地の外に摂りに行くことになった。中尉の車は真紅で背が低く、何より女性の身体のように滑らかな形をしていた。リトが前の席に座り、ファブとイリアルとわたしは、お世辞にも広いとは言えない後ろの席に陣取る。わたしは……ちょっとだけ、お尻が大きいからね、ふたりが狭い思いをしなければいいのだけど。
「ちょっと乗り心地が悪いと思うけど、月華よりはいいと思うから辛抱してね」
エンジンがかかり走り出すと、後ろの席は騒音で会話どころではなかった。イリアルが「これがちょっとですかっ!?」と中尉に叫ぶ。それは月華とは違う種類の居住性の悪さで、わたしも「これはちょっとじゃないなあ」と苦笑いしながら思っていたのだ。
中尉に連れられたカフェテリアは照明が落ち着いていて、天井近くに設けられた小さな窓から自然光が取り込まれていた。古いレコードプレーヤーと大きなスピーカーから、やさしい歌声とすこし寂しいギターの音色が響いている。恐らく、普通の女の子は恋人とデートをするときに、こういう素敵なお店に来て、ときめき、大切なひととの時間を楽しむのだろう。
「私は隊長室にこもりっきりだから、あまり貴女たちと話さないでしょう?だから、こういうの楽しみだったの」
中尉の綺麗な指がグラスを掴み、美しい所作で柔らかそうな唇から水が身体の中へ入っていった。わたしたちの話を聴かせて欲しいと、やわらかく微笑む中尉にイリアルが神妙な顔で、わたしを見ながら「なるほどなー」と何かに納得したみたいなのだけど、なんだろう?わたしが何かしたのかな………………?@@@@編集中@@@@
「中尉!質問があります!」
「なんでしょう?サクア准尉」
「軍規に基づいた風紀等の聴取でしょうか?」
いつも通りにファブが疑問に思ったことを躊躇うことなくぶつけた。
「いいえ、サクア准尉。これはプライベートです。そうだなあ。たまには私も仲間に入れて……っていう、お願いはダメかしら?」
ファブがブンブンと首を横に振ると、中尉が「じゃあ、お話を……楽しみましょう」と言って笑い、わたしたちの【アイドル】としての時間以外の過ごしたかたが知りたいと言った。みんながみんなといるときのように、わいわいと話はじめる。まず、みんなが集まっているときに話していることで始まり、寮での過ごしかた、その寮でふたつの部屋に別れているハナミズキ隊の内緒の連絡手段や学校での秘密の出来事、リトが集めているぬいぐるみの軍隊のなかに、シロクマのハナミズキ二〇九室分隊長ファン・リヒテン曹長という恋人がいて、もうひとりのネコの親衛隊隊長ベル少将に恋人を変えようかと迷っていること、図鑑で読んだ話や伊達メガネをかけること、お菓子と紅茶、花の話をした。食事をしながら、中尉は話のひとつひとつに微笑み、相槌を打つ。きっと『お姉さん』という存在は、こんな感じなんだろうと思う。いつの間にか、リトばっかりに懐いていたファブが中尉にもべったりだったから、きっと悪いひとじゃない。
テーブルに四つの紅茶、ひとつのコーヒーが置かれた時に中尉が「私が貴女たちの年齢くらいの時は、こんなにもしっかりしてなかったなあ」と頬杖をついて眼をつむり、ため息混じりに言ったのだ。
「中尉があたしたちの年齢の頃は、どういう感じだったのですか?」
イリアルが質問すると、中尉はゆっくりコーヒーをひと口飲んで、ひと呼吸置き「そうね。馬鹿で、感情的で、流動的……かな」と視線を落として微笑む。
「親がそうしなさいと言ったから、いい学校に行って、気に入らなくとも喜んだふりをした。他の誰かがしていたから真似をしなければいけない」
それがわたしにはいいことなのか、いけないことなのか分からないけど、中尉は「本当に私は子どもね」と苦笑いをして、何かを悔いているようだった。
「ねえ?貴女たちには好きな人とか恋人はいるの?」
中尉の眼が輝き、リトは無反応、イリアルはわたしの顔を再び見て「やっぱりな!姫っ!ここはガツンと言ってしまったほうがいいぜ?」と小さな声で口をパクパク。ファブは、ぐっ、と、拳を握って「攻撃のチャンスだっ!」とファイティングポーズを取る。
「なるほど。ナコ?お話、聴かせて?」
ホムラ中尉は……絶対知っているはず…………だ。知らないはずがないよ。報告が上がっていて、何から何まで知っているはずなんだ。もしかしたら、ティーチャーから直接聴いているかもしれない。それなのに、わたしの顔を見て嬉しそうにしている。そして、わたしたちの年齢では恥ずかしがるものではない、と言って「お姉さんに白状しなさい」と問い詰めるように、テーブルの向こうから身を乗り出した。
「おっ…!お断りされましたけどっ!わたしは諦めるつもりはな……じゃなくて!お慕い続けますっ!わたしはっ男女のそれらは知りませんがっ、教えてもらいたいとも思………………、………………ってますがっ!……いやっ!えと、そのっ!そんなのではなく、て……!
わたしは!隣にいたいだけなのです!
で、でも!あ、相手の方の迷惑に……っなるつもりは……っ」
わたしが使うどころか、頭のなかに、こんな言葉があったのかという思いを表現した言葉の交通渋滞に、イリアルとファブだけではなく、リトまでもが「おおーっ」と言った。わたしは自分の口から飛び出た自分の言葉たちに、びっくりして、顔が真紅になっていることにもびっくりしてしまった。すこし、身を乗り出すように椅子から浮かせていたお尻を着地させ、うつむき、スカートを見て、くしゃっ、と握る。すごく身体が熱くて、汗をうっすらとかき、心臓がはやく打つ。
恥ずかしい、中尉に言ってしまった。いまのは絶対に、いつもティーチャーと一緒にいるでしょ、っていう嫉妬から言ってしまったのだ。恥ずかしいことをしてしまった。たぶん、プライベートだからと言っていても報告され……ティーチャーに話されるのかなあ………………わ、笑われるのかなあ。ちらっと、前髪の間から左眼で覗き見る中尉が「ふふ、可愛い」と眼を閉じて微笑んでいた。これが…………大人の女性が持つ、余裕………………なのかな。
カフェテリアでの食事を終え、帰り道の信号待ちで「内緒にしていてね」と中尉の紅くうるさい車が大きな通りから左に折れ、河沿いの道をゆっくりと走った。この基地に来て、もうどれくらい経っただろう。ハナミズキ隊に配属されて何年だろう。基地があるこの街の街並みや基地まで続く道、いつも輸送機のなかから下に見る河、この街がこんな風景だなんて知らなかった。
「貴女たちが……この国…………この街を守っているのよ。私たちは貴女たちの苦労の上に立っている。だから、言いたいことがひとつあってね」
そう言って、日差しが強い九月の一五三八時に車を路肩に停め、窓が開けられた。熱を持った風が入る車内で中尉が言ったのだ。
「ありがとう」
…………………………
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