妃と母

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 赤ん坊を受け取ろうとした手は、泥と汚物と血にまみれていました。枯れ枝と見紛(みまご)う指の、割れて黒ずんだ爪はまるで悪魔の鉤爪(かぎづめ)のようでした。娘は、幼子の清らかで柔らかな肌にその手をふれさせたくないあまり、母親の要求を拒んだのです。 「今のあなたに、子供を抱かせることは出来ない。お母さん、ごめんなさい」  王子妃がうずくまったまま叫ぶと、枯れ葉が風でこすれたかのような、乾いた声がしました。 「おまえは今、幸せかい」 「先ほどまでは。今はとても不幸せです」  自分の代わりに不幸を背負ってきた母親の、ただひとつの望みを拒絶した娘が、幸せであろうはずがありません。  その場に居合わせた者はみな、切ない気持ちになりました。 「そうかい、おまえは不幸かい。私もだよ。今日まで不幸をいっぱい味わったが、今が不幸のどん底だよ」  ひと声叫ぶと、母親は狂ったように笑い出しました。金物(かなもの)と金物を打ち合わせたような甲高い声で、おんどりも顔色を失うほどけたたましく笑いました。  その声も、笑い方もまるで、かつて出会った黒衣の魔女のようでした。 「不幸、ここに極まれり」  母親の声が耳に届くと、娘は雷に打たれたようになって、うずくまったまま気を失ってしまいました。
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