蟲毒の壺

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毘沙門天は、しかし生かされた。 試合の最中(あれが試合と呼べるのなら、だ)にインドラは毘沙門天に条件を出した。お前が死んだら次は吉祥天を犯し、赤ん坊を引きずり出して殺す。もしそうされたくなければ、お前は俺の遊び道具になれ。今生の人生を、俺に捧げろと言った。そして上層部にも、告げた。俺は二度、99人殺した。吉祥天が身篭っている間は吉祥天を試合に出さない。そして毘沙門天は俺の犬にしたい。これで二度分だ。いいだろう? 上層部は、面白がったのさ。生臭いだけの此処には新鮮さがなかったから。 ドラマが必要だった。おかしくも哀しい物語が。 毘沙門天はそれからリングの側にある金網に首輪と足輪を繋がれて飼われたのだ。インドラやその臣下の者が嬲ったり、犯したりする。広場に響き渡る毘沙門天の苦痛の吐息や、快楽に溺れてあげる嬌声を聞くたび、まともな感性を持った人間は耳を塞ぎ、またインドラに怒りを覚えた。 吉祥天はみるみる内に痩せてしまった。女たちは吉祥天を励まし、子供がいるから少しでも栄養をつけなさいと自分の食事を分けてやったりもした。 毘沙門天が一人でいるとき、吉祥天はあなた、と言っては近づこうとする。しかしインドラの部下が二人が触れ合うことは許さなかった。 「私がいたから貴方はこんなことになってしまったのね、ごめんなさい。私があなたをこんな風にしてしまった」 吉祥天は涙ながらに毘沙門天に謝ると、毘沙門天もまた涙を溢れさせて首を振る。 「いいや、俺が悪かった。お前という大切な守らなくてはならない存在があるというのに、警戒心もなくこの地獄の中で他人の酒をあおってしまった俺が悪いのだ。どうか赤ん坊を産んでおくれ、そして俺は死んだと思って生きてくれ、生き延びてくれ」 「あなた、あなたがいなければ私は生きていけないというのに…」 泣き崩れる吉祥天を女たちは慰めながら住処へつれていくのが日課だった。心締め付ける風景さえ、お偉い方は、ドラマかなにかのように少し感想を言っては忘れる。向こうにとってはリアルではないのだ。連中は何の痛みも感じないのだからな。 この話の中で、この悲話に一番心動かされたのは意外なことにインドラだったように思う。 それも、彼以外にとっては悪い方向に心を動かされたのだ。 雄雄しい毘沙門天がホロホロと嘆きながら女を思う横顔を近くの己の住処の窓からじっと見つめていたインドラはなにを思ったのか毘沙門天の所へ向かい、涙を零しながら嘆き合う夫婦に割入った。そして毘沙門天の前に仁王立ちしてじっと彼を見下ろしていたかと思うと部下に命じて毘沙門天の足輪と首輪を金網から外して、自分の家に連れて行くように命じた。 抗う毘沙門天は吉祥天に少しばかりでも触れようと手を伸ばす。吉祥天も同じ気持ちで二人の間に割入ったインドラの足にすがりついてでも手を伸ばしたが、とうとうその願いは果たせなかった。吉祥天は人でなし、人でなし、とインドラの衣服を握り締めて泣き喚いた。いつもならいやらしい顔で吉祥天を舐め回すように眺めつつ、なにか卑猥な条件でもだすような男が、その時はふん、とまるで興味がない顔をして吉祥天の腹を蹴り上げた。腹を抱えて蹲る吉祥天の股からはなにやら血が混じった液体が流れ出た。 (破水だ!) 女たちが大騒ぎで吉祥天を女たちの住処へ連れて行く。
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