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…これから先は、インドラの部下だったものが語ったことだが。
毘沙門天を自分の住処へ連れて行ったインドラは、鎖を鋼鉄の柱に繋がれてなお吉祥天の安否を気遣う毘沙門天の服を剥ぎ全裸にした後、この男の綺麗に体を清めるようにと部下に命じたそうだ。暴れる毘沙門天の体を拭き終わると。今度はこの男を綺麗に着飾るように、と命じた。それもおかしなことを言う。
「女の飾り付けをしろ。それも婚儀のしきたりで。古びた着物でもいい。化粧をして、紅をひいて、鬘をつけて…花嫁に見えるようにそれらしくだ」
毘沙門天は勿論、男である。部下たちは首をかしげたが、疑問をぶつけるという愚行はしなかった。言うことをきかず、外に出ようとする毘沙門天を押さえつけるには五人から六人の人手がいった。そこで、毘沙門天にまた神経の毒を飲ませた。たちどころに人形と化す毘沙門天の体をインドラの部下たちはせっせ、せっせと整えた。
毘沙門天は泣いていた。
ポロポロ、ポロポロ。
化粧をするから泣き止んでおくれといくら言っても、黙って泣く毘沙門天に参った部下はこう告げた。
「泣くのをやめたなら、吉祥天が産む子供が女か男か教えてやる。いまさっき、産まれそうだったから」
「本当か。無事に産まれそうか」
「そのようだ」
部下はインドラが吉祥天の腹を蹴り上げたことは伏せることにした。毘沙門天がようやく泣き止んだので、化粧のうまい女を呼んできて化粧をしてもらった。
それから美容院くずれの婆を呼んできて時代遅れの変色し、黄ばんだ白無垢を毘沙門天に着させ。
古ぼけた長い髪の鬘を毘沙門天にかぶせた。
もちろん、滑稽なのである。
だが、インドラは喜んだ。手を叩いて小躍りした。
「お前は俺の女房になるのだ!先ほどの涙を零すお前を見て、この世の誰より美しいと思った。俺は、お前を女房に迎え、吉祥天が産んだ子供を我が子とすることにしよう」
女だとか、男だとか、そんなことは興味がないのだとインドラは言った。
さて、インドラという男は孤児であった。それ故に真の愛情など解らぬ男だった。人の為ということなど、とんと不要な世界に住んでいた。
しかし、毘沙門天には不幸なことに。吉祥天と我が子の身を案じて涙を零す毘沙門天に、心奪われてしまったようなのだ。
毒で動けぬ毘沙門天は弱々しく首を振る。俺には妻もいる、子もいる。お前となど…、と呟いた瞬間インドラは凶悪な顔をして突風のように家を飛び出した。
毘沙門天は何かを察して悲鳴をあげた。吉祥天よ、まだ名もなき我が子よ!
そして吉祥天についていた女の一人から聞いた話をする。
吉祥天のお産は比較的に安産だった。玉のような男の子が産まれた。
「男の子ですよ」
女は産湯で綺麗に洗った赤子をタオルにくるむと吉祥天に手渡すと、目に涙を浮かべて彼女は笑った。
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