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「嗚呼。あの人と私の子…。愛しい愛しい我が子よ。産まれてきてくれて、ありがとう」
その時、女たちの家にインドラが押し入った。悲鳴を上げながらも女たちは応戦するが、所詮は猿に蟻が応戦するようなもので、手を折られたり、腹を蹴られたり。
吉祥天と赤子がいる部屋に憤怒の顔で入ってきたインドラに、吉祥天は顔を歪めた。
「鬼…、あんたは鬼だ。この地獄に似合いの外道の鬼だ。私達を弄ぶだけでは物足りず、今度はなにを欲しがるの」
「その赤子をよこせ」
「これはお前のものではない」
「いいからよこすんだ」
吉祥天は産後直後の傷ついた体で赤子を守ろうとした。寝ている布団の近くに置いてあった水差しを掴むとインドラに投げつけながらはね起き、赤子を抱えて走り出した。
この狭い「壺の中」、どこに逃げ場があるというのか。
大男のインドラに、弱った体の女が勝てるというのか。
無論、すぐに捕まった。赤子を取り上げられ、手足を縛られてしまった吉祥天の衣服の乳房あたりの布地には、赤子に飲ませる為の母乳がうっすらと滲んでいる。インドラの手の中でうわんうわん、と赤子が泣いている。吉祥天はせめて、と懇願した。せめてお乳を飲ませてやって。
インドラはふん、と薄ら笑いをした。そうかい、そんなら赤子の好きにさせてやろうよ。
まだ産まれたばかりの赤子を吉祥天のすぐそば、とはいえ一メートルは離れた場所に置いてやった。赤子が動けるわけがないのだ。そのまま干からびて死んでしまう、と吉祥天が赤子ににじり寄るが、インドラが吉祥天の腹に片足を乗せ、ぐぐ、と力を入れてしまった。人でなし、人でなし!吉祥天が叫べば、インドラは、本当に生きようとすれば、なんとでもするのだ、強い赤子であれば俺が育ててやろう。弱い赤子であれば今すぐ息絶えよ、と赤子に言った。
すると、(これは嘘か誠か解らないのだが)赤ん坊が泣くのをピタリとやめて、インドラに朗らかに笑いかけたそうだ。そして、コロコロ、コロコロと転がりながら吉祥天の胸元までたどり着くと、お乳の匂いを鼻で嗅ぎながら、乳房を登り、衣服をかき分け、乳首に吸い付いたのだという。ちうちう、ちうちう、吸い出す赤ん坊をインドラは一度に気に入った。これは俺の息子だ。
インドラには犯した女が身ごもった子供もいたが、どれも卑屈で、弱々しい子供ですぐに死んだ。
しかしこの赤ん坊はどこか違う、とインドラはニンマリと笑った。
そして吉祥天に告げた。今夜俺と毘沙門天との婚儀を行う。そこで、婚儀の余興にふさわしい試合をお前にしてもらおう。それに勝てば赤子と共に生かしておいてやろうよ。
…再び言うが、吉祥天は産後直後である。しかし否応はなかった。
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