蟲毒の壺

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その日は阿修羅が八つの時にやってきた。 早朝、皆が眠る頃。大勢の男達がインドラの家を襲った。ぐっすりと寝ていたインドラや、毘沙門天が多勢の気配に気がつき目が覚めた頃にはもう遅い。男達に、切っ先鋭い刃に脅され阿修羅を抱きかかえかばう毘沙門天をさらに覆い被さるようにしてインドラは家を出た。 リングの下の広間に行くと、いつもインドラが鎮座している広間の上座の椅子にはシヴァがふんぞり返っていた。 「血迷ったか」 ギリギリとインドラが歯ぎしりをしながら睨みつけると、シヴァはせせら笑ってこう返した。 「血迷っているのはあなたではないか!大事な部下を蔑ろにして、男を妻にし、地上の家庭の真似事をするなど、なんと醜悪なことでしょう。ここはあなただけが幸せでいられる世界ではない。皆が不幸になるべき世界だ。殺し合うのだ。私達は百匹の虫です。大きな皿に乗せられた、小さな虫なのです。そして私達は閉じ込められ、殺し合います。とうとう一匹になった時、私達は一匹の蠱になります。百匹から一匹になった時、小さな虫の私達は、蠱という名の毒虫になるのです。すなわち私達は蠱毒なのです。ですからインドラ、貴方は間違っているのだ。私達は憎みあい、今すぐ共食いを始め、そして一匹にならねばならぬのです。その男とも女とも解らぬおぞましい生き物を殺し、幼子の首を絞めなさい。そうすれば貴方はまた、この世の王へと生まれ変われる、そう、貴方はインドラ、我らが暴虐の王だ。私達が望む王とはそのような者なのだ。そうでなければ…、私たちが百匹、一匹の蠱となり、貴方達をたちまちの内に呑み込んでしまうでしょう」 酔った勢いのように演説するシヴァを眠気まなこで目覚めた阿修羅が綺麗な瞳で見つめていたのを私はよく覚えている。止めることなどはしなかった。 此処は、そういう世界だからだ。 言い訳もなく、ここは畜生の世界なのだ。 インドラは口篭った。そして血走った目でシヴァを睨んで咆哮した。 「俺は人間だ、人間でありたいのだ。俺が間違っているのであれば俺を殺すがいい。だが我が妻と子は関係がない、いいか!俺の家族に髪の一本触れてみろ、お前らを」 「は、ははははは、なにをおっしゃっているのやら!お前の妻とは誰だ、お前が抱いている妻と呼ぶ男の妻は、お前がなぶり殺したようなものではないか!お前が抱いている子供は、生まれ落ちた瞬間、その母と剣を持って交えた女の胸に抱かせ、盾にさせたではないか!軽々しく命を弄んだ本当の悪党とは貴方の体の中にいるではないか!」 インドラはその嘲笑の声をかき消すように吠えた。嗚呼、それでも幼子は聞こえている。父さま、とか細い声がインドラを襲う。
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