雨洞

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「例えば、情交の時に、首を絞められたがりはしないかい?お前の指を首にかけてさ…。それと、トイレに籠っていると思ったら、トイレの床に座って自慰をしている、なんてことは?」 「藤堂さん、あなた」 「もしかしたら、お前が教えなかった悪いこと、誰かが教えているのかも知れないねえ」 「藤堂さん!あの人に手を出さないっていったじゃないですか!あの人を俺の女にしたら、なんの咎めもないって」 「私はなんにもしていないよ。ただ、他の連中は約束していないからねえ…。あ、あははあ、ほら、大丈夫だよ。だって、今の雨洞は木偶なんだからさあ…」 なんにも感じないからさあ。 笑いながら藤堂が出て行く。耐えられない。佑一が髪を掻き毟る。黙って見ていた三浦が一言言う。 「奴との約束など、信用するな」 「解っています」 「俺達は上の人間を選べない。いいか、若造。生き残ろうと思ったら、どんなに情があろうが自分以外の人間の事は考えるな、切り捨てろ。重荷になるぞ」 「…」 「現にお前がそうじゃないか。弟と、雨洞と。三人仲良く一緒に地獄へ落ちるか。俺としては、そうしてもらうとありがたいがな」 三浦が両腕を組みながら、じろりと藤堂を睨めつける。 勿論三浦も悪党だ、こんなことを言う道義はないし、正義漢ぶるつもりもない。 佑一は若者特有の苛ついた目つきを隠すことなく三浦を睨めつけ、黙って頭を下げると応接間から立ち去った。 三浦は太い猪首をごきん、ごきんと音を立てながら左右に振って、やれやれ、と呟いた。 「全くの馬鹿だ」 そうだあいつは全くの馬鹿だ。他人の事を思い自分が守ってやる、等は力があるものがやればいい。それは庇護と呼ばれ効力もあるけれど、弱い些少の者がやれば、ただの無謀や自己満足に過ぎない。現にあいつの大切にしているものは、幸福なのか。幸福ではない。じわじわと、苛めぬかれて、不幸せだ。 …まあ、それが悪いかいいかで言うならば、しないよりはましだ、と思う。 だが自分自身に置き換えると、やっぱり佑一は全くの馬鹿だ。 上座側にある窓へ歩いていく。そちらからは中庭が見える。中庭の風景を見下ろしながらふと腕時計を見ると、4時半。あと45分程で奴がくる。 もしも、彼が佑一と雨洞の情事を見た時、また、その経緯について話した時。彼はどんな反応をするのだろうか。冷静な彼は取り乱すのだろうか。それとも、俺が悪かったと泣くのだろうか。俺には関係のないことと、一笑するか。三浦は山田の澄んだ目を、思い出す。 自分がなんの関係のない娘を拐かせたあの日の事も。 そして、雨洞がまともでいられた最後の日の事もだ。
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