蟲毒の壺

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心無い男達は毘沙門天をインドラから引き離そうとしたが、彼は絶対に離そうとはしなかった。そのまま縄をうたれ、地に叩きつけられる。だが、けして愛しい者の体を離そうとはしないのだ。 インドラを擁護はしない。獣のような、考えの浅い男だと儂はインドラの事を語るときに伝えよう。 だが、最後に彼が身に宿したものは、きっと紛れもない他者への愛情であっただろう。 根源的な、愛だ。 その愛を空虚で狂暴な体に抱えたが故に破滅を迎えたとして、その男にとって不幸とはなんだったのかと儂は思う。 人は生きて死ぬのだ。 長かろうか短かろうが、人は死ぬ。 ならば、今世、最後のひとひらの余命のうちに人としての成長をとげ、満足して死んだのならばそれはきっと幸福なのだ。 今、儂の話を聞いている「壺の中」の民よ。 時に我々は神を信じ、あの世を信じ、目に見えぬなにかの力の仕業を感じる。 神は試練を与えられた人間が超えられる試練しかお与えにならないのだ。 例え今の世を去ったとしても、次に続くのだろう。 輪廻は確かに存在すると思う。お前たちを見ていると、幾人かの顔の中に似たような顔を見る。 また戻ってきてしまったな、今世も試練を乗り切れなかったのかお前。と心の中で儂は思う。 そして時に儂自身の顔も新たな住人の中に見るのだ。 魂には時間の流れはない。 と、すると。 儂は、我らは己で己を殺している時もあるかもしれない。 何故ならここは生きている内に味わう地獄の一つであるからだ。 その地獄の中であの日、ある一人の獣のような男が試練を与えられた。 傷だらけ、血だらけになっても愛しい女房の骸をけして離さなかった男はその骸と一緒に縄をうたれた。 広場の真ん中で、晒し者になった。 リングの上から一人息子の阿修羅が連れられてくる。 阿修羅は気丈にも歯を食いしばっていたが、酷い有様の父母の前に立たされると堪えきれずに泣き出した。 「父さま、おうちに帰りたいよう…」 目だけをギラギラとさせたインドラはその子の問いかけには答えず、じっと阿修羅を眺めていた。 それから、俺を討て、と短く言った。 「俺の首を斬れ。なに、安心しろよ。お前とは父でも家族でもないのだ。お前の母とお前の父を死に追いやった外道の者だ。安心して敵を討つがいい。そうすりゃあな、お前…。お前はきっとシヴァのいい部下になれるだろうさ。俺はお前をたばかって、父さまなんかと呼ばせたが、本当の所、馬鹿な餓鬼だと思っていたのよ。父を犯し、母を宴の出し物にして殺したのだもの。こんな悪い奴はどこを探したっていないくらい、悪い奴なんだぜ…」 「父さま…」
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