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十二の頃になると、阿修羅はまるで十五、六の鍛え抜かれた体躯をしていた。しなやかでいて、瑞々しいその体で戦いに挑んだ。
勿論楽に全ては勝てない。死ぬ寸前まで体を切り刻まれたり、骨を折ったりしたが、彼は勝った。勝ち続けた。
相手を殺すまで彼は戦った。彼の相手をして生き延びた者はいなかった。
…いや、一つ例外があったな。
女だ。若い女がいた。頂いた名は最初パールバティーだったが、あまりの暴虐性にカーリーと変名された女だった。阿修羅が十五になった頃この地に来た女で、阿修羅とそう変わらぬ年であったがとんだ女で、その顔、その体でシヴァの女になった。そして、阿修羅と戦ったが負けそうになるとこう命乞いをしたのだ。
「お願いします、どうか命だけは。赤子がお腹の中にいるのです」
阿修羅は黙って、それから命をとらずにいた。
だがそれはカーリーの嘘だったのだ。しかし試合が終わればその戦いは終わり。後でカーリーは舌を出して阿修羅を嘲笑った。間抜け、と。
だが阿修羅は一向に気にしなかった。彼はこの世のどこにも興味がなかった。
ただ戦いの中の静寂だけを好んだ。
それがカーリーの癪に障ったのか、シヴァに阿修羅の首をよくねだっていた。
その頃になるとさすがのシヴァも阿修羅に恐れをなしていて、早く「壺の中」から出たいと言っていた。それまではずっと「壺の中」にいたいと言っていたのに。だが、自分の仕えた王を裏切る臣下を誰が掬い上げるというのか。いくら勝とうとも、とうとう奴は「壺の中」から這い出ることは出来ず恐れていた阿修羅との対戦で首の骨を折られて死んだ。
そして、阿修羅は99匹の虫を殺して、外に出た。
「ほんの偶然なのだ。ある極道者の親分が阿修羅の試合を見た。彼の部下には阿修羅と近い年の男の子を亡くした男がいた。彼は阿修羅を部下に見せ、息子にするか、と聞けば部下は頷いたので彼は阿修羅を「壺の中」から出してやったのだ」
「おい、じいさん」
話を聞いていた男が老人を呼んだ。老人がなんだ、とそちらへ振り向くと「聞いた話なんだが」と男は尋ねた。
「あんたも阿修羅は連れて行こうとしたのだろう?仮の親として育てたあんたを」
「ふうむ、そんな話までよく語られていたのか。もう何十年も前のことだのに」
「この「壺の中」には語られるべき話が少ないからな。…それであんたはどうしてここに残ったのだい」
「…儂にとってはここが地獄なら、外の世界もまた地獄だからだ。つまり、灼熱地獄を選ぶか針山地獄を選ぶかの違いだの。幸い儂は試合もせんでええからこんな年まで生きてしまった…」
「あんたはその名の通りだ、カンダタ。外に出る機会を自分で捨てた」
「ほ、ほほ。カンダタはな、たった一つの善行の為に仏様から蜘蛛の糸を極楽から垂らしてもらったというのに、自分の強欲故に地獄から出られなかった男の名前だよ。外に出る機会を自分で捨てた、などと言う綺麗な男ではないぞ」
老人は笑って賛美ともとれる男の言葉を打ち消した。
それから、「壺の中」の天井を眺めた。
あの子は一体どうしただろうか。
不幸なあの子は幸せになったろうか。
いまだ、戦いの中が一番安堵する場所だと言っているのかー
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