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「いいか、なにがあっても俺に任せとけ。余計な口は挟むなよ」
襖を開ける前に雨洞は、佑一と佑二にそっと呟いた。佑一も佑二も青ざめていたが、雨洞は腹をくくっているようだった。
自分の組長が、解散すると告げたきり、どこにも姿を見せない。それに続くものは破門であると通達された。数名は他の組へと移ったが、本来は組長と手下は一蓮托生だ。馬鹿な事をやれば下の者が泣くのが世の常だ。山田の右腕であった亀岡と雨洞、亀岡はふ、と姿を消した。
雨洞にはそれが出来なかった。何故なら弟分の佑一と佑二がいるからだ。勿論他の人間にもいるが、義理人情に厚い雨洞は、自分よりも、息子のように若い佑一らの将来を考えて、敵のような藤堂に頭を下げに来たのだ。こいつらだけは、勘弁してやってくださいというつもりだった。
「兄貴、頼むよ。俺達の事はいいから、自分の事を考えてくれよ」
佑一は、着なれない黒いスーツを着た雨洞の裾を引っ張って言うが、ふん、と笑われた。
「餓鬼が一丁前の事をほざくんじゃねえ。俺の下の面倒でも見てからそんな事を言うんだな」
そして、行くぞ、とばかりに首で合図をした。
雨洞が襖に手をかける。すると、広い畳の部屋には、上座に座った藤堂と、その次に三浦。後は見知った面々が約10人前後。待ち構えていた。
「私共の上の者が申し訳ございません。私は処分の覚悟はございます、が、この若い奴等にはどうかご慈悲をいただけないもんでしょうか」
まず、上座の前まで来た雨洞は深々と頭を下げた。この野郎、馬鹿野郎、と汚い口ばかり叩く雨洞が神妙に頭を下げる。佑一と佑二も頭を下げるが、悔しくて仕方がなかった。
だって、そうじゃないか。こいつらが綾子さんを酷く扱ったと解っているのに、証拠がないからと無実でいられるなんて酷い。それに頭を下げるなんて、もっと酷い。
「ふう、ん。中々泣ける話だよねえ、三浦。若い弟分の為に兄貴分が頭を下げるなんて、いい話だ。そうだなあ、いいでしょう。お前達は私の下に入ればいい」
「ありがとうございます」
雨洞が頭を擦りつけるように深々と礼をする。だが、藤堂が笑った。
「後ろの二人は、だ。雨洞。お前は勿論駄目だよ。裏切り者の直属なんて、怖くてとても使っていられない」
「は、」
「お前はどこへでも行きなさい。ただし、無理なお願い事をした分、罰は受けてもらうよ」
「罰、ですか」
「左手、三本貰おうか」
雨洞の肩がぴくりと震えたが、それは一瞬だった。解りました、と答えた。
だが、佑一には耐えられなかった。顔を上げて、勘弁してください、と叫んだ。
「俺が、俺が指を詰めます、だから兄貴は勘弁してください!」
「兄ちゃん、やばいって」
「佑二は黙ってろ、いいな、お前はちゃんと使ってもらえよ」
「佑一!お前…」
怒ったような顔で雨洞が睨むが、怖くはなかった。それよりも必死だったのだ。畳にすがりつくように頭を下げる。
「お願いします、頼みます、俺、俺と佑二は親もいなくて孤児院で育ったんです、学もないから下らないことばかりして、惨めな暮らしをしてたんです。だけど、雨洞の兄貴が拾ってくれたおかげでこうやって生きてこれたんです!だから、だから、兄貴の代わりは出来ないですけど、俺が指詰めます、破門されてもいいです、だから、だから頼みます、お願いします!」
「よせ、馬鹿野郎!お前なんかに俺の代わりが務まってたまるか!調子に乗るのもいい加減にしろ!」
「いやだ、いやだよ俺!兄貴と一緒じゃないなら、今まで通りの暮らしができたとしても、嫌だ!」
「佑一…、お前はほんとに馬鹿野郎だなあ…」
泣きそうな、笑いそうな顔で雨洞が佑一を見つめる。子供もいない、女房もいない、45を超えた男には、二十歳半ばの佑一達は、息子のような存在だったのだろう。
そして、拍手が聞こえた。
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