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高坂は呟いた。
藤堂はしれ、とそうではない、というような事を言った。
「色々ありましてね」
「大体、三浦はどうした、いや、俺は解っている。あいつは死んだ筈だのに下の階にいた。あれは、あの男が三浦だろう。佑一に犯されているあの死んだ男の顔をした男は」
「いいえ、あれは雨洞です」
「なら三浦は」
「死にました。風呂場で釜茹でになって」
「嘘だ、嘘だ」
「なにが嘘なんですか」
「お前の言っていることがだよ!」
「嘘なんかついていやしませんよ、真実です。真実と言っているなら、それは真実なんですよ」
「そうじゃない、本当を教えてくれ」
「…高坂さん」
「なんだ」
「本当とは、あなたの思う本当とはなんですか」
それは、と言いかけて高坂は戸惑った。なにが本当なんだろう。なにを俺は本当と言えばいいのだろう。嗚呼、またこいつに騙されているのか。詭弁を操って俺を騙そうとしているのではないか。ふう、ふう、と苦しい息が出た。なにか息苦しい。
「藤堂、お前はなにをしようとしているんだ。俺はただ、俺はただ一番になりたかっただけだ。俺を脅かす芽を早くに潰したかっただけだ。それなのにお前は全部、壊した。無茶苦茶だ、お前が無茶をするから上にも睨まれている。俺は…やばい。いいか、そうなったらお前だって」
「あはは」
唐突に藤堂が快活に笑った。場違いにいい笑顔をして、もう一度あはは、と笑う。
「高坂さん」
「な、なんだ」
「私はあんたを救うと、そう言ったことがあるんでしょうか」
「なんだと」
「ましてや成功したいなんか、言いましたか」
「藤堂!」
「そりゃあ、そんなことも考えましたよ。がむしゃらに上を目指してね。でもね…最近考えが変わったんですよ」
藤堂がソファーから立ち上がる。長身の男が日の差す窓際に立ち、振り向くと、顔の表情が逆光で見えなくなった。
間違えた。人選を。
高坂は嫌な予感がした。応接間の外には自分の部下が二人、控えている。
それを呼ぼうとした時、銃声が二発聞こえた。
黒い影を体に乗せた男は静かに、告げた。
「もう、全部真っ平らにしたいんですよ。余計なものを全部なくしてしまって。私はこの数ヶ月山田を追ってきたが、欲しいものがね、それしかなくなってしまったんですよ。富も、栄光も、死んでは持っていけない。だが、あの男は違う。手に入れて私の手で殺してやりたい」
「藤堂、お前。気でも狂ったのか!」
「あはは、そうかもしれない。…でも、気が狂っていない者はいないかもしれない」
藤堂が一瞬窓から離れた。どこへ行った、と慌てて立ち上がる高坂の耳にしゃらり、だかすらり、だか耳障りな金属音が聞こえて。
「今の私が狂っているなら、…今の心地は最高だ」
背後から藤堂の声が聞こえた。振り向こうとする高坂の肩に人間の手がかかり、圧力を加え、小男の香坂を簡単にソファーに座らせた。
高坂が最後に見えたのは、自分の頭の真上から振り下ろされる日本刀の切っ先だった。
「藤堂ぅうううう!」
香坂が叫びながら首に日本刀を埋められていく。ずぶずぶずぶ、やがて声は聞こえなくなり、刃の煌きは全て高坂の身に埋まる。さしずめ人間の形をした鞘のようになった高坂を一瞥した藤堂はふ、と微笑んだ。
「どうせ、みんなあっちに行くんだから…」
藤堂は、気が狂れていた。
最初からまともではなかったかもしれないが、それでも以前の彼は正気だった。
今は、妄執に駆られていた。
応接間の扉が開いて真珠が入ってくる。手には拳銃を持って、こときれた高坂を見て笑いだした。
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