地獄みたいなところ

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「ああ、藤堂さん、貴方ってやっぱり素敵…」 「そうかい?」 「ええ勿論よ。普通の人では出来ないわこんな、串刺し」 「ずぶずぶと入れたら痙攣をした。その感触がこの手にまだ残っているよ」 「本当?」 「本当さ」 こんな風に。と言って真珠を招き寄せると高坂に刺さっている日本刀の柄を握らせ、真珠の上からさらに自分の掌を添えた。そしてゆっくりと、さらに刃を死肉に食い込ませる。 「ずぶずぶ、さ」 「嗚呼凄いわ」 上ずった声で真珠が感嘆すると、藤堂がふふ、と笑った。 「これで私は破滅だよ。上の者もこうやって殺してしまったし、部下の三浦も、萩原も、佑一も、みんな、みんな、思い思いに壊してしまった。他の人間も私がおかしくなったと思っている。なんにもない。あるのは私とお前の肉体だけ」 「そして…破滅ね」 「そうだ」 「どんな気持ち?」 「うん?」 「なんにもないって、どんな気持ち?」 「気分がいい」 「どんな風に?」 「晴れやかだよ、なんだか気持ちがさっぱりしている。だってなんにもないんだもの。ねえ…お前。お前はただの阿婆擦れで、お前はただの高級娼婦だった。気まぐれに女を抱こうとして偶然会ったことは運命だったのかもしれない。お前は私にこう言った」 「【貴方って、正常ね】?」 「そうだよ。私は正常だった。憤りも嫉妬もあったし、金も権力も欲しかった。山田に嫉妬して、高坂を利用して、上に行こうとしたんだ。それは」 「繰り返しね」 「そうだ。また嫌いな人間がいて、利用して…。それもまた私がされることだったかもしれない」 「因果応報というのよ」 「因果応報」 「そして輪廻とも言うわ」 「輪廻」 「男と女が抱き合うわね、すると子供が産まれるじゃない?そうするとまた、男と女が抱き合うの。だから私、子供を産まなかったの。私みたいな阿婆擦れを産みたくなかったから。あなたもそうね、きっと。した事は輪になるの。だから私達断ち切ったわ。輪廻から外れたの」 「外れたのか」 「それを外道というのよ」 真珠の言葉に二人はひそひそと笑いあった。外道か。外道よ。 二人は、対だった。 なにの因果であろうか。彼らが会ったことによってこの家は地獄のよう。 藤堂の心にぴたりと寄り添ってしまった女はとっくにおかしいので、それに同調した男もまたおかしくなるのは必定である。 だけれども二人にとってこの状態が一番正しいようにも思えているのだった。 真珠が藤堂の唇をついばみながら囁く。 「もうすぐ終わりにしましょうね」 「終わり?」 「阿修羅はきっとここに来るわ。私達がずっとここから出ないものだから、きっとここに乗り込んでくる」 「阿修羅って、誰だい」 「山田よ。…ねえ、私あいつの首が欲しいわ。すました顔を銀のお皿に乗せて頂戴な」 「サロメのようにかい」 「そう。あたしはたうとうお前の口に口づけしたよ、ヨカナーン、というわ」 あゝ あたしはたうとうお前の口に口づけしたよ、ヨカナーン、お前の口に口づけしたよ。お前の脣は苦い味がする。血の味なのかい、これは?……いゝえ、さうではなうて、たぶんそれは恋の味なのだよ。恋はにがい味がするとか……でも、それがどうしたのだい? どうしたといふのだい? あたしはたうとうお前の口に口づけしたよ、ヨカナーン、お前の口に口づけしたのだよ。(岩波書店/福田恒存訳) 「そうすると私はヨカナーンにやいてしまって、否、お前を嫌いになってしまって王様のようにお前を殺してしまうかもしれない」 「あら、あれはただの男が抱いた恐怖よ。貴方ならどうする?」 「銀の皿ごと抱きしめてあげよう」 「嬉しい、わ」 そうしてまた、サロメを書いたオスカー・ワイルドはこうも書いている。 「求めるものは幸福ではない。断じて幸福ではない。快楽だ」 二人はそれをも解っていて血なまぐさい場所で口付ける。美しい顔と顔、それすらも剥ぎ取ってしまえば骨、肉も削げ、心も悪魔に売り果たし、人が最後に後世まで残すもの、骨の枠組みで抱き合うのだった。人を不幸にする手伝いをして尚、いや、人を不幸にしてこそ、この外道共は幸福になれる気がしているのだった。
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