地獄みたいなところ

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…その人は優しい目をしています。 その人は憂いをたたえた表情をしています。 その人は誰よりも冷たいので。 「俺も行きます」 夕飯を食べ終わり、隠れ家のダイニングテーブルで尾崎が煙草をくわえながら手帳に走り書きをしていると、後ろで若い男の声がした。片目に眼帯をしている亀岡がリビングでソファーに座っている山田の前で仁王立ちをしながら言った。 「傷は癒えました、俺も山田さんと一緒に藤堂の元へ乗り込みます。…俺が回復するまで待っててくれたんですよね、山田さん」 「…俺は自分の始末に若者を携える程非道ではないよ。お前の傷が癒えるまで待っていた訳ではなくて、時を待っていただけだ。藤堂は自分で自分の首を絞めた。高坂を殺してその死骸を市川さんの所へ送ったのだからな。いや、「雷」のマスターを殺したところで俺は市川さんと共に乗り込む大義名分はあった訳だが」 その人は罪な男です。自分が思っているより人に愛されてしまうので。 「俺にもその大義名分はあります。こいつと一緒に連れていってください」 そう言って仁も亀岡の傍に立った。困ったように山田は微笑む。 「俺は言えないなあ…。多分死んでしまうよ、皆。そうなったら悲しいなあ…」 「だとしても、自分の道を進みたいです。後悔して生きるより、ついていきたいと思った人と一緒に死ぬなら本望だ」 亀岡と仁は頷き合う。 山田はありがとう、と頭を下げた。 そして二人が自分達の部屋に戻り、リビングと繋がっているダイニングルームに残された山田と尾崎、最初に口を開いたのは尾崎だった。 「なあ山田よ」 「ああ」 「一つ言わなかったことがある」 「うん」 「俺はな、昔物書きをやっていたんだ。文学青年でね。売れなかったが二冊ばかり小説も書いたし、小さな劇団の台本書きなんかも」 「うん」 「売れなかったからな、アルバイトで探偵をやっていた。それがいつのまにか本業になった。だがやっぱり物を書く事をやめられねえんだ。…ずっと考えていたんだが」 「うん」 「どうにも最後が腑に落ちねえ」 「最後、とは」 「お前をずっと書いていたのさ。お前が家族をなくしてからのお前を」 「それで?」 「どうやったらこの男は幸せになるんだろうな」 「そうだなあ…」 それから二人は沈黙し、尾崎のタバコが尽きかける頃ぽつりと山田が呟いた。     多分その男は昔、幸せだったのさ。 だから最後は幸せにならなくてもいいんじゃないかな。 尾崎はそれには答えなかった。
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