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屋敷の中から男達が出てくる。拳銃を向けて山田に向かって撃つ、二、三発かすったが、山田は臆さない。前進していく、なぎ倒す。
二階にあがるとうめき声がする部屋がある、そこを開けると萩原がいた。全裸で以前のふてぶてしい彼ではなく、犬が全身の毛を剃られたような痛々しさがあった。小便と酸味のある匂いがある小さな部屋で萩原が転がっている。
「ああ」
萩原が呟いた。
「終わるのか…、死ぬのは嫌だな…」
山田は言った。
「それが生きていることなのか?」
そうすると萩原は自嘲気味に笑う。
「そりゃそうだ」
そして山田は目を潰れと言った。萩原は大人しく目をつぶる。山田はベルトに差し込んであった拳銃を抜き出して、三発撃った。それから部屋の扉をしめた。
後一人だ。
山田は高揚しない。
凪いでいる。
…娘が攫われた時、身が引き裂かれる思いがした。悲しかった。
妻と一緒に震えて泣いた。誰がこんなことをした。許さないと誓った。
酷い有様の娘が帰ってきた時、山田は妻と一緒に抱きしめた。だがよく帰ってきてくれた、これから一生守ってやると誓い、どんな風になってもお前は娘だとすがりついた。
…そして、笑ってしまったのだ。
山田は安堵していたのだ、だが妻はそうは見なかった。気が狂いそうな顔で山田を罵った。
長い間一緒にいた夫を罵倒した。
「どうして怒らないの!なんで笑っていられるの!あんたも、あんたも同じ、娘を犯した男たちと一緒よ!触らないで、こっちに来ないで!あんたは人間じゃない、あんたなんか、あんたなんか!」
怒りのない人間など、いない。山田が化物に見えた妻は、山田を罵倒し続けた。しかし、山田に怒りはない。ただ、妻と娘が愛しかった。娘も憔悴した顔で父親を見ていた。
「お父さん…」
そして、
そして、
あの日、家に帰った山田を迎えたのは首を吊って死んでいる妻と娘だった。きっと妻が無理やり娘に迫ったのだろう。
娘の手は柔らかい絹のような紐で縛られていた。
震えた字で娘は他の人を憎まないでください、というようなことを書いていて、妻は山田に対する憎しみしか書いていなかった。
山田は一人、二人の家族を眺めていた。
悲しみだけがやってきて、なにも感じない自分に絶望したのだ。
だから、復讐をする。
それ以外に憎悪の形がみつからない。
山田は優しかった、慈悲はあった、だが、憎悪はなかった。
慈悲の反対は憎悪だ、心の内にそれがない男が、体現する。
この行為の根本は、憎悪だと。
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