阿修羅がきた

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山田は握っていた刀の柄を握って、振り上げ、振り下ろした。 ぬるぬるとした赤い飛沫が白い壁に飛ぶ、彼の心はいつも穏やかで静かで、だが実は周りは違う、銃声、怒号、うめき声、誰もが苦しみと死の境目にいる戦場だ。 三人の男達が立ちふさがる。 目が血走っている男達を目の前にして山田は微笑んだ。 「命をかけてまで守れる物があるというのはいいなあ。俺にもあったよ、そんなものが」 男達は余りにも柔和な山田にたじろぐ。 男達は一瞬の判断を誤った。彼はこれが正常なのだ、息を吸うよう、刀を操った、撫でるように一人の首を跳ね、その返し刀で二人目の左手を切り落とし、思わず壁側にぴたりと張り付いた三人目の心の臓を突いた。 …山田は最後の扉に手をかけた。 藤堂の部屋だ。 そこは家の門が見える大きな窓がはめ込んである。 灯りのついていない部屋は外からの光で照らされていた。 窓の外はよく見えた。 男達が殺し合っている。 あるものは拳銃を使い、あるものは数人がかりで一人を取り囲んで串刺しにしている、あるものは敵を盾にしてこいつを殺されたくなければ武器をおけ、とやっているがしかし後ろからの流れ弾にあたって死んでいく。騒々しい声は次第に一つ、二つ、さざなみのように消えていくのだ。二人対峙すれば一人は死に、一人は生きる。それを繰り返せば声は一つ、二つ、減っていく。 地獄絵図を前にして影が二つあった。 一つは真珠、一つは藤堂。 二人はこの地獄の中でまぐわっていた。立ちながら、真珠は後ろから突かれている。吐息を下品にあげて藤堂の律動を受け止めている。 二人は山田に気が付くと顔を上げて、指をさした。 そして、げらげら、げらげらと笑った。 二人は一つの生き物のように異口同音で叫ぶ。 「おい見ろ、なんだあれは」 「あれは鬼だ」 「そうだ、鬼だ」 「お前は阿修羅だ、お前はずっと戦って、全部失う、なにもかも全部消してしまう」 「お前の腕の中を見ろ、なにがある」 「お前の腕は戦うためにあるだけだ、それが永遠に続く、そうだお前は永遠繰り返すのだろう、なにも得られぬまま戦って全部失い、そしてまた同じことを繰り返すのか」 ずぶり、ずぶり、赤いドレスの裾をまくりあげて尻を丸出しにして真珠は藤堂の物を咥えながら長い舌を出した。 「お願いします、どうか命だけは。赤子がお腹の中にいるのです…ちょっと待ってね。今作ってる最中だからさあ…」 げらげら、げらげら、それを意に介さない山田に二人は同時に舌打ちをした。 それから二人は一つの生き物から二人の人間に戻って藤堂が拳銃、真珠が長ドスを握った。 藤堂がポソリと言う。 「お前に私は嫉妬していたよ、だけどなんだろうこの気持ちは。なんだろう、この時、この瞬間はお前がちっとも羨ましくないんだ。なんだか、なんだか、ちっとも羨ましくないんだ」 山田が背を丸めて刀を正眼に握りこむ。肩幅に足を開いて、銃を構える藤堂の前に立つ。 そしてまっすぐ、なんの感情もない瞳で藤堂を映し、囁いた…。 「俺はなにも思わない」 そして銃声が響いた、真珠が飛びかかった。 山田が動いた、踊るような振る舞い、死ぬ間際の母から教わった剣技を打ち込んだ。
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