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「い、いてええ、痛えよお!頼む、頼む、佑一、ぎゃ、ぎゃあああ」
「うるせえ、うるせえ」
「いてえ、いてえ、もう、殺してくれ、頼む、死にたい、いてえよ、なにもかもが、いてえよ…」
佑一も痛かった。なにも気持ちがよくなかった。上座を見ると、藤堂が笑い転げていた。佑一と目が会うと、笑いすぎて涙を浮かべた目をこすりながら、音には出さず、唇を動かした。
(これで、お前も、私と同じだね)
そうだ、これは。
山田の娘がされたことの再現なのだ。
そう、思った瞬間、どうでもよくなった。
自分の下で雑巾のようになった男の足を掴むと自分の肩に乗せ、深い所まで突き上げた。
叫べ。雨洞さん。痛いか。そうだろう、俺だって痛い。なにもかも痛い。
人の尊厳もなく、こうやって、俺は人でなしをしている。してはいるがこれは雨洞さん、あんたの為だ。だから、叫べ。あんたが叫べば叫ぶほど、藤堂という男は手を叩いて喜ぶんだ。そうしたら満足するんだ。俺はそれを解ってやっている。人助けをしているんだ。
「これは俺の女だ、いいですね、藤堂さん、いいですよね!もう誰にも手出しをさせないですよね!俺だけのものですよね!」
「勿論だとも!」
藤堂が大きく頷いた。
それで、全てがうまくいくとは限らない。ただ、雨洞の意識はまだ健全であったのだ。誰も望んでいない鑑賞会が終わると、立てもしない雨洞を泣きじゃくっている裕二と二人でとりあえず、とあてがわれた藤堂の家の二階にある応接間に運んだ。生臭い匂いを少しでも和らげようと、少しだけ、窓を開けた。
「お前なんか、目をかけるんじゃなかった」
「すみません、こうするしか」
「うるせえ、顔も見たくねえ」
「…すみません。ー湯を、とってきます。とにかく体を拭きましょう。おい佑二、ちゃんと雨洞さんを見ててくれよ」
「うん解ったよ兄ちゃん」
一階にある台所で、バケツに湯をはる。…しばらくそうしていた。なにもしたくはなかった。
それからどうしても堪らなくなって中庭に出た。ここは中庭の喫煙所以外は煙草が吸えないのだ。ポケットから煙草を取り出そうとして気がついた。手が震えている。舌打ちをしながら、ようやく口に煙草を咥えた。火をつける。
ふと、空を見上げた。
なにかが目の前を横切った。
鈍い音がする。コンクリートで塗り固めた部分に、なにかが、大きな何かが、落ちた。ボキ、と乾いた音。人間が、落ちてきた。
声にならない悲鳴が出た。
「兄ちゃん、ごめん、ごめんよ、いきなり雨洞さんが走って…」
二階から弟が体を乗り出して喚いている。
目をつぶった雨洞が、すみません、と呟いた。
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