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小桜魚
登校中、朴山の姿を見かけて、駿太は自転車を止めた
「おはよう!」
「あ、鋏くん、おはよう」
昨日までは顔も名前も知らなかった
赤石に紹介されたときも、思いきり警戒された
それがたった一日で目を合わせて話せるまでになった
「昨日はありがとう」
「お役に立ちそう?」
「うん!早速ー」
駿太はフフとのことを話しそうになり、口をつぐんだ
昨日の行為はもとより、フフという存在すら自分でも夢のような出来事なのに、他人に話すなどもっての他だ
そういう意味では、駿太は常識人である
しかしその裏には、フフに対する独占欲があることも否めない
放課後、昴流と共に町役場に併設されている郷土資料館に足を運んだ
久しぶりの若者の来訪に、町役場の担当者は嬉しそうに案内を買って出てくれた
展示は、町の地形や遺跡のジオラマ、出土品が主だった
「僕、小谷地区なんですが、あそこにある祠って誰が管理してるか知ってますか?」
「祠なんてあった?」
「小さい祠なんですが…」
「うーん、僕はわからないから、自治会長さんに聞いてみたらどうかな?」
町には祠や道祖神のようなものがたくさんあるため、いちいち管理はしていないのだろう
一通り見て回ったが、展示品のなかにめぼしいものはなかった
「町の成り立ちはこっちに本があるから、好きに読んでいってね」
最後に資料の閲覧スペースがあり、担当者とはそこで別れた
「マジで町のマップ作って第ニ小に寄付しようかなー」
昴流が椅子に寄りかかって言った
「いいんじゃね?でも、昴流は無理して付き合わなくてもいいんだけど」
「だって暇だもん。お前しか遊ぶ相手いないし」
「分校あるあるだよな」
駿太は郷土史を繰っていった
【飢饉から逃れこの地にやってきた人々が、海で紅色に輝く小魚の群れを発見した
この小魚は非常に美味しかったため、高値で取引されるようになり、この地に漁業が根付いた
そのサカナの群れる様が、サクラの花びらが散ったように見えるため、コノハナチルヒメのご加護を祈願して神社を造ってこれを祀った】
街の成り立ちと朴山神社の関係は、おおよそこんなところだった
駿太はメモを取った
神社のパンフレットには、【巨大な蛇から逃れてコノハナチルヒメがこの地に降り立ち、人々にサクラ色のサカナを与えた】とあった
サクラ色の小魚とは、町の特産品である小桜魚のことであろう
自然と神話は切っても切れないものではあるが、どちらかといえば、神話はこじつけのような気がした
しかし、信仰のお陰で人は大義名分を翳すこともできるし、住みよい環境を守ることもできる
とりあえず、今日もフフに報告できることがありそうで、ホッと胸を撫で下ろした
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